STAR DUST
くちくちする腹にたっぷりまわされたアルコール。
眠気は直ぐに襲ってきた。
コロネロは部屋に案内されるなり習慣で即座に鍵をかけ、習慣で、物陰を改め、天井に監視装置を探したがこの未開の星でそんなものがある訳もなく(あったとしても子供の玩具にされている、賭けてもいい)彼は酒臭い息を吐いて毛皮の中からゴトゴトと装備を落とし、直ぐに手に取れる位置に決まった順序通り並べた。
弾丸が間違いなく装填されているかどうかチェックし、火薬詰まりなど起こしてないか、このいまいましい毛皮がそこかしこに入り込んで、いざぶっ放したら手の中で暴発なんて情けない事態にならないよう全てを確認してから―――
頭の毛皮を脱ぎ、床へ放り出した。
上着も。
「ふ―――っ」
ふかふかの寝台は落ち着かないが、酔った体には丁度良い。
ぐぐっと背に体重をかけ、横たわる。天井から今の希望通り外の風が入ってきて、火照った額や頬を撫でた。このまま眠りに落ちていってもいい―――
そんないい気分を
ムグゥ…
「?!」
妙な物音がぶち壊した。コロネロはさっと起き、油断なく武器を構え距離を取ってから寝台の布を引っ張って中身を転がしてみた。
ごろごろごろごろ。
呆気にとられている彼の前に、小柄な体が転がってきた。格好からすればこのクランの子供だろう、片手どころか指で捻り潰せそうな細くがりがりに痩せた子供が、後ろに両手両足を縛られ猿轡をはめられてじたばた暴れている。
―――あんまりだ。
コロネロは事情を察すると同時、全てがいっぺんに嫌になった。
疲れ果てた。
子供は目をぎゅっと閉じ、青い顔を振るわせてなにやらぶつぶつ祈りの言葉を唱えている。
失礼な。
「おい」
コロネロは構えていた銃を脇に置いて、とりあえずその縄を切ってやった。
その時も、コロネロがいつ何時も携帯しているナイフを抜いた途端物音で子供はびくついたから、更にうんざりしたのだが。
とにかく、腕が自由になった途端、子供は逃げだそうとした。あまり、頭は良くないようだ、まだ足が縛られたままなのに。
案の定盛大にビタン!と音を立てて転んだ。
「バカな奴だな………ちょっと待ってろコラ」
ブツブツッと音がして、足の縄も切れた。
今度こそ子供は転がるようにしてその場を這い出したが、少し進んだところで恐る恐る振り返った。
「もう自分で外せんだろ」
「………うぅ」
泣きはらした目は真っ赤で、髪の毛は重力に逆らってツンツン上を向いている。
唾液で濡れ縛めのきつくなった結び目に、随分手こずっているようだったのでコロネロはわざわざ側まで行って、取ってやった。今度は子供も逃げない。
「お前、名前は」
「………」
「トシは?」
「………」
「何か言え」
「………」
長身のコロネロから見れば、まるで赤ん坊だ。
せいぜい腹のあたりまでしか無い身長に、鷲掴めそうな小さな頭。首。
茶色い目を真ん丸に見開いて、ぽかんと口を開けて男を見上げるばかりである。
「………人間じゃないか」
やっと喋ったと思ったら、子供はこのクランとは微妙に違うイントネーションの、そう、言うなればアカデミーで教育を受けた共通語を、しゃべり出した。
「驚いた、あんた、地球人か?」
驚いたのはこっちだ。
面食らった顔のコロネロを前にして、その子供はもじもじとおちつかなげな様子でその場に座り、ハアハアと息を吐くのだった。
「なんだてっきりイエティかと思ったんだよ!そんな毛皮なんて着てるから皆食われるって心配してさ!」
「お前………」
興奮とか安堵、というより、怒りや呆れに近い感情で子供は説明してくれた。
無理もない。
彼は色々ないきさつで幼い頃このクランに売られた異星人だった。
容貌から言ってコロネロと同じ地球人か、それにとても近い種族だろう。
奴隷制度は限られた数種族のみ、生殖に関係している故仕方なく存続している形であり、人の売り買いは全面的に禁止されている。
重大な違法行為であるが、ここでは子供は固定の親ではなく集団で育てられるから、そういう事があっても発覚し難いのだと言う。
「っていうか、元々ここの人たちは外の世界の―――宇宙のガイネンが無いからさ、あんたたちの事も天の使いだとしか思ってないんだよ」
未開の惑星に叩き込まれた哀れな子供は、割とのんきな物言いで身の上話をした。
小さい頃はちゃんとした文明星に住んでいたと思うけど、小さかったからよく分からない。
言葉や情報はある時訪れた商人の荷物の中にあったタブレットを見て覚え、お菓子の代わりに欲しがって変人扱いされたとか、そういう類の。
おかげでクランの子供達にはいじめられ、のけ者にされてしまったのだ。
「生活にふ、不満、はない、けど………っ、出来ればっ……連絡、してくれると、ありがた…」
「………大丈夫か?」
「うう…」
そして、今回立って歩くイエティ(地上を徘徊する肉食獣。基本的に四つ足歩行)、つまり変装したコロネロ―――を客の一人に迎えるにあたり、クランの長が選び出した生け贄が、この子供だった。
体が小さく貧弱で、馴染まないこの異邦人を厄介払いしたのだろう。
話を聞いているだけでコロネロは苛々してきたが、この広い宇宙には様々な習慣、理解し難い道理に合わないそれが星の数ほどあるのであり、一々全てを地球の倫理に当てはめ腹を立てるのもまた高慢なのだと分かっていたので唸るだけに留めておいた。
「それで………お前は何をやってんだ。便所か?」
もじもじと落ち着かない子供を胡乱気に見やったコロネロは、真っ赤な顔で汗を垂らす小さな顔を小突いた。
「違うっ………」
言ったきり、もぐもぐと逡巡してどうしても吐こうとしない。
子供は案外強情で、往生際が悪かった。
コロネロは目の前でぐうぐう苦しまれて放っておく程人非人ではなかったので、掴んで膝の上に転がしてみた。
「あー…」
コツ、コツ。
二回額を指で叩くのは、動揺を収める為だった。
「つまりっ………俺が役立たず呼ばわり、されたのはさっ………」
子供が必死に転がりながら説明する。
「ここは、基本的っ………母系だろ…?子供産む女が重要なのであってっ…俺は………」
「………男だな」
「そう………っ」
間違われちゃってさ………と笑って誤魔化すしか、そう。なかろう。
分かる。
首の穴と袖がついている他は、スカートのようにシンプルな作りの薄い服の裾が盛大にめくれると、それは幾らなんでも分かる。一目で分かった。
「ここの人たちは、女性、は、こう………性器が3〜4センチぐらい、突出してる、作りなのね………だから………俺のオスメスの区別がつかなかったんだよなぁ………」
コロネロは頭を抱えた。
つまり、彼はこの事態が嫌だったのである。
この星のクランの女性のもてなしは、その辺の星の風俗も真っ青な程だ。僅か粘膜に触れさせただけで、猛烈な痒みを催す植物の根を小さく切って、自分の膣内に入れて客を待つ。
痒みが尋常じゃなくなれば、当然その女性の乱れようも尋常でなくなる。
それに、痒みに耐えきれず助けてくれと叫ぶ女性を部屋から蹴り出す、というのは紳士でなくとも………うむ、男の行為ではない。
そういう作為的な盛り上がりはあんまり好みではない彼は、それが嫌でわざわざイエティの変装までして此処に来たのに。
「今は、分かってんだよな?お前が男だってのは」
「その筈、なんだけど、ううん………」
これもイジメの一種でしょうかと苦笑う子供の顔は、見た目に合わず随分と達観していた。
2006.5.17 up
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