かつての銀河系最大の都市―――今は完全封鎖されているオールド・アース。
その生態系は既に修復不可能なほど破壊され、今も自滅への道を緩慢に進んでいる。動くものは昆虫か、もっと小さい菌類やウイルス、もしくは「その後の世界」にうまく適応した進化生物しかない。
植物は少しはマシだった。数え切れない貴重種がその姿を消したが、生命力の強い一部が旺盛な繁殖力で地表を覆い、まるで南米のジャングルが広がったかのように毒々しい緑に染められている。乾いた地表と多くの緑、そして深い海の青が織り成す外見だけはまさに「母なる地球」にふさわしい光景だが人類は居住不能だ。

人類は母なる大地を旅立ち、多くのものは火星やその二つの衛星に仮住まいを試みた。異星人からの技術支援によりテラフォーミングは成功し、そこそこの大気とそこそこの生態系を得ることが出来たからだ。
しかし、発展著しい新世代の人類に火星とその周辺は直ぐ手狭になった。おりしも時代遅れの恒星間移動技術に取って代わり、異星人が設置した大型のゲートの使用許可も得られ、ワープ航が可能となり、もはや活動を銀河系内にとどめておく必要が無くなった。
急速に人類は宇宙へ順応していき、母なる地球ことオールド・アースの持つ意味はますます抽象的で宗教的意味合いを帯びるだけとなる。





先鋭的過ぎて原型が分からない多くの社標と違い、宇宙にその名を轟かす大企業「V・カンパニー」のそれは間違いようがなかった。
みもふたも無くVの字を、まるで字を覚えたての幼児が書いたような歪みっぷりで仕上げた(これはこれで先鋭的と言えなくも無い)芸術的ホログラフィの看板。
汚れた酒場のメニューほどにも内容を読み取れない会社案内と、受付嬢の笑顔を素通りしていく一人の少年と、連れの大男には山ほどの視線が突き刺さっていた。
少年は役員専用のエレベーターまで来ると、端末にパスを打ち込み自動チェックをオールグリーンで通過し、呆然と見送るたくさんの会社員、警備員の前から、その中へと姿を消した。
「あー、足が痛い」
草履の様な履物と、ずるずるとした長衣。
その後ろに着く大男はというと、迷彩柄のジャケットにごつい軍用ブーツときたもんだから、一種テロリストにも見える。
彼らは無重力エレベーター内でも決して顔をあわせず、視線もあわせることなく沈黙を守り通し―――
とうとう最上階の社長室へとたどり着いたのだった。

扉が開く前にもう一度、チェック。
扉を出た瞬間にもチェック。
カメラの向きが一斉に向いても、少年はまるで平気だ。すたすたと通路の真ん中を歩くと、両開きの大仰な扉の前でこぶしを上げた。

トントン。

「…いないのかな」

トントントン。

『うるせえ』
「あっ、いた」
『いねえよ』

応答する声に聞き覚えがあるような気がして、コロネロは一瞬眉を顰めた。

「いなくないだろ返事してるもん」
『不審者め。消すぞ』
「なに言ってんだ俺だよ!此処開けてよー」
『3年も会社放っておくようなやつは知らん、と言ってるんだ』

少年は必死になって扉を叩き始めた。

ドンドンドンッ。

「悪かったよー開けてくれよー!その件に関してはちゃんと説明するから」
『………』
「わーんごめんなさいー」
どんどんと扉を叩きながら涙を散らし、懇願する。
有史以来、これだけ情けない姿のアンジェラスを見たのは自分だけじゃあなかろうかとコロネロは天を仰いだが―――

違ったようだ。

「しっかたねえなー、ダメツナが」

扉は内側から音も立てずに開いた。
中央に男が立っており、腕組みをして仁王立ちしていた。
「「リボーン」?!」
「…ん」
黒服の男は心持ち表情を変え、少年の後ろで憮然としているコロネロに声をかけたのだった。
「なんでテメーが此処にいる、コロネロ」
「そりゃこっちのセリフだぜ」





リボーンとコロネロは、故郷を同じくするいわば幼馴染みという間柄だった。
二人とも特に優秀で、アカデミーの成績を学科実技ともに競う好敵手であり、また容姿においても秀でた二人は女性の人気も二分割にしていた。
コロネロは軍に、リボーンは企業へ就職したが、時折連絡を取り合い、杯を傾ける間柄は持続していたのだが………
「知り合いだったのかぁ」
のんきな顔で茶をすすっているツナ(アンジェラス達の名は発音するのが難しくややこしいため、ツナという愛称をつけられていた)をはさみ、彼らはやや戸惑い気味の視線を交し合う。
が、直ぐに表情を和らげてそれぞれの憎まれ口を叩き、挨拶は終わった。
「おい」
「いでで」
おやつに手を出そうとしていたツナの耳をひっぱり、リボーンは言った。
「なんでこんな物騒なヤツを連れて来た」
「色々と事情がございまして」
「簡潔に言え」
ツナは一瞬微妙な顔をしたが、やがてあっけらかんと返事した。
「つがいになったからさ」
「………は?」
「突発的な事故で、彼とはつがいになっちゃったんだ。シーズンが終わるまでの契約で、雇った」
「こいつは地球人だぞ!!」
「そうなんだけどね。なんとも、偶然だなあ…」
「偶然で済むかこのバカ!」
ガツッ。
こぶしを脳天に受けたツナはいとも簡単に目をまわし、その場へ倒れこんでしまった。

「一体どういうことか説明してもらおうじゃねえか」

ぎりぎりと鋭い視線を向けられたコロネロは、言葉を選ばないツナを瞬間的にうらんだが、やがて別に思考が切り替わった。
「なんでお前にそんなことを言われなきゃならねーんだコラ」
「なんだと?」
「ああん?」
「はあ?」
にらみ合いは直ぐに終わった。
両方とも相手が一筋縄でいかないのは知っているし、時間の無駄だからだ。
「…俺はこいつの家庭教師をしている。中でも特に物知らずの世間知らずで落ちこぼれだからな」
「酷いじゃないか」
復活したツナは頭に手をあてたまま、ブウブウ言った。
「つーかほぼ全面、面倒を見ている。バカだからな、コイツ。それが3年前、急に会社を抜け出してどっかトンズラしやがった。探させたが手がかり一つ拾えず、2日後チャーター機が宇宙海賊に襲われたって情報が…」
話はあっている。
「で、船の制御系等に手を出して、ぶっこわして、不時着した星が未開星だった、と」
話を継いだコロネロは、ヒーヒー頭を抑えているツナに確認の視線をやる。
「そ、そうそう。大変だったんだから」
北極圏の地表に激突した際船は大破して、放り出されたツナはその地の商人の売り物にされ、あのクランに連れて来られた。
「連絡しようにも手段が無いし。女じゃない俺の権利なんて、たかが知れてるだろ」
「いったいどんな田舎に居たんだお前」
リボーンに呆れた視線をもらいながら、ツナはエヘヘとごまかし笑いを浮かべる。
「それで、つい最近来たっていうお使い様?の宴の招待にうちのクランが割り当てられて、コロネロが護衛で来た。俺はイエティの生け贄にされて、それで助けて貰ったー」
「…ほお」
「で、まあちょっと色々あって繁殖期がきちゃってさ。他に頼める人もいなかったんで、彼に」
「………」
「したらこれがうまいこと噛み合っちゃってね。つがいになっちゃったんだよアッハッハ」
傑作だと笑うツナの表情とは裏腹に、リボーンの顔はどんどん険しくなっていった。


2006.5.24 up


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