※エイリ○ンを見てネタやオチを知ってる人のみどうぞ。思いっきりネタバレです。

 

 

 

 

 今日こそは部屋を出よう、フロアを下りようと思うのだが、足が動かない。
 狭い寝台で寝返りをうつ。
 求めているような洗濯済みシーツの匂いはせず、まったくの無臭だった。外宇宙では、水を使った洗濯のような贅沢は出来ない。ましてこれは観光船ではないのだ。
 こうしていても仕方ない。
 起き出し、洗面台の前に立ってみた。酷い有様の頭を見る。
 二年の外地勤務では、チームは工作用ロボットかアンドロイドが殆どで生身の人間は自分一人だった。
 故郷から遠く離れた場所で頭がおかしくなる事も、組合が勝手に二年を三年にのばしたりする事もなく無事迎えの船が来た時はホッとしたものだ。
 船はチームが掘り出した鉱石をオートで積み上げ、交代の人員を一人下ろし、入れ替わりツナを乗せてあっさりと出立した。
 驚いた事に乗員は三人だけ、それが一人下りてまた一人乗って…つまりツナを入れてもたったの三人ぽっちなのである。
 どうやら二年の勤務+半年の往路の間、技術はめざましい発達を遂げ、常時最低十人は必要だった船員がその五分の一にまで減らす事が可能らしい。自分は勘定に入らないのである。
 多少機械を使え、穏やかで問題の少ない人格をしていれば外地勤務の殆どは果たせる。
 ツナは操船技術など欠片も持っていなかった。
 だから航行中は何の役にも立たないお客さんで、そりゃあ、確かに話して楽しい陽気なタイプではないのだが。それにしたって。
 乗船時のやりとりを思い出し、ツナは沈んだ表情になった。
 出てきたのは二人のうち一人で、とんでもない無愛想だったのだ。もう一人は出発してから三日目にやっとちらりと姿を見かけただけで、すぐにその姿は機関部に潜り込んでしまい、まだ一言も言葉を交わしていない。
 その一人はツナと同じ日系だったが、専門分野は正反対のようで如何にもインテリらしい神経質な仕草と、今時分厚い瓶底眼鏡、抑揚の無い早口で取っつき難い印象を極めていた。二年付き合った工作用ロボットの方が、余程面白いジョークを知っているだろう。
 そいつはツナに航行中はいらない所をウロウロするな、自分の仕事の邪魔をするな、部屋に長期睡眠装置が備え付けられているからその使用をお勧めすると三点だけ言い置いてコックピットに戻ってしまった。
 せっかく二年ぶりに生きてる人間と話が出来ると思い、楽しみにしていたツナにこれはショックだった。
 往路は非常に楽しかった。行き先が幾つもあり、中でも一番遠い場所に勤務するツナに特に目をかけてくれたベテランの船員は、宇宙で起きるあらゆる不思議な現象について語ってくれた。
 あまりに良い出来だったもので、ツナはそれを記録し基地で時々再生して楽しんでいた。アンドロイドやロボット達も楽しんでいたようだ。
(懐かしいなー)
 彼等は良い話相手なのだが、やはり通常の感覚ではない。
 空気無しでは生きられない事を笑いの種にされたり、医療機械の故障で一人寂しく死んでいった作業員の思い出話などされるなど、しょっちゅう背筋が凍る思いをしたものだ。
 だから生きている人間と話が出来る喜びを、ツナは待ち望んでいた。
 それがこうもアッサリ撥ね付けられるとは。
(まあ、しょうがない。相手がそれを望んでいなかっただけなんだ…)
 今のツナはあの殺風景な勤務地にすら望郷の念を抱いていた。
 少なくとも、彼処なら話し相手には不自由しないし。



 鏡の前で頭にクシを通してみた。
 外地勤務になってから一度もハサミを入れていないので、鳥の巣みたいになっている――これもアンドロイド達のジョークのネタになっていた。あいつらは髪の毛が伸びないのである。
「あっ、クソ」
 クシは根本からポッキリと折れ、今日もツナは頭にクシを通すのを諦める事になった。
 ツナの髪は癖が強く、晴れの日も雨の日もまっすぐ逆立っていて、台風とか余程の強風でなければなびきもしない。
 その上今は伸び放題が複雑に絡み合っている。業を煮やしたツナは船員に相手にして貰えない苛立ちのまま(つまり八つ当たりだ)ハサミでざっくりと上部を刈り取った。
(いいんだ、どうせ髪は伸びるし。いっそ坊主頭にでもしてやる)
「よし」
 絡んでいた上部が切り取られると、箒を途中で切ったみたいな、素っ頓狂な格好になる。
 なんだか愉快な気持ちになってゲラゲラ笑いながら、ツナは大胆にカットを続けた。もつれをその都度刈り取っていくと、なんとか指で挟み込める程度になり、根気よくチョキチョキし続けて足下が髪の毛だらけになる頃にはなんとか勤務前に似たような、そうでないような男が鏡の前に立っていた。
「…そうすると、髭もこれは…」
 ツナは逞しい外見に憧れていて、一人なのを良いことに髭も頑張って生やしてみたのだが、こう見るとそれ程似合ってないようである。
 潔く剃刀を入れ、珍しくつるりと綺麗にそり上げるとおお、立派な文明の一員である。
「寂しくなるよ」
 洗面台に散った髭は、二年の歳月をかけて大事に大事に育てていた。
 ツナは元々体毛が薄く、髭もあまり生えなかった。普段は三日に一度剃れば間に合うというていたらくである。

 やっと伸びた髭は非常に惜しかったが、これで人間に戻ったような気分だ。
 幾分か心が軽くなり、清掃ロボットのスイッチを入れるとツナはシャワーを浴びて真新しいツナギを着た。若干サイズが合ってなく、小柄なツナは袖と足を際限なく捲り上げる羽目になったが清潔であればいいだろう。
 機械油のシミがつきまくった、雑巾のような作業着とはサヨナラだ。
 残骸をダストシュートに突っ込むと、ツナは足取りも軽く部屋を出た。薄暗くてやたら音の響く通路を歩いているうちに、一つ気付く。
 あの作業船独特の騒音が、それほどないのである。
 技術の革新か自分の耳が悪いのかの判断が付き難いままフロアを下り、メイン食堂に出ると既に先客が居た。
 見たことのない男で、多分これがもう一人なのだろうが、不健康そうな肌の色の痩せた腕が今は珍しいペーパーブックをめくっている。
 物音と気配に気付き、男は一瞬視線を上げたが特に反応するでもなく、おう、だかうう、だかいう音を喉奥から出した。これが挨拶か?
「…やあ」
 気持ちが早々に沈む。一人がアレで、もう一人がコレなら確かに長期睡眠装置のお世話になった方が良いかもしれない。

 食事にしよう。

 調理場は見あたらず、壁にあるのは穴と、幾つかのボタンのみ。
 恐らく自動調理器の類だろうが、生憎操作方法が分からない。
 悩んだ末適当に押してみる。
 数秒後、皿とカップとフォークとスプーンがいっぺんに下りてきて、その上に雨あられと食材が降り注いだ。どうやらボタンを押しすぎたようだ。
 大騒ぎにも椅子に座った男は反応無く、助けてもくれないようだったのでツナはこっそりこれを始末する事にした。あのメガネに見つかったら、今より更に軽蔑されそうだったからだ。
 ところが惨状に溜め息を吐いていると、間の悪いことにそのもう一人がやってきて、調理器の前に突っ立っているツナを見てぎょっとしたような顔をした。
「いや、これは」
 下手な言い訳をしようとしたツナを、男はたっぷり数十秒は眺めていたが、突然腰の武器を抜くと狙いを定めて喚いた。
「誰だお前は! どこから潜り込んできた!」
「誰だって、その」
 どうやら侵入者と間違えられているようだとツナが思い至る頃には、後ろから腕が伸びてきてガッチリと捕らえられた。
 痩せた腕の癖にやたらと力が強く、容赦もないので、ツナはヒイヒイ情けない悲鳴を上げてしまう。
「俺だよ! なんでだ?! 何も悪いことしてないのに!」
「誰だって?」
 それから一生懸命説明して――やっと誤解は解けたが、テーブルに着いた男はまだ不審そうな目をツナに向けている。
 それから取り出し口に山盛りになった食べ物と容器の残骸を見て、微妙に申し訳なさそうな表情になった。
「…悪かったよ。あのモジャモジャと同一人物には思えなくて」
「モジャモジャ…」
「人間かどうかも疑わしかったな」
 ツナ自身はワイルドな男のつもりだったのだが、現実にはそうでなかったらしい。
 男は案外親切で、酷いことになっている取り出し口をボタン一つで洗浄すると、希望のメニューを聞いて取り出してくれた。
 ついでに使い方も教えて貰う。音声認識と、メニューが分かっていればボタン操作で出てくるのだそうだ。

 雰囲気が砕けても、対応は相変わらずぶっきらぼうだ。
 別にメガネ男は嫌がらせをしたのではなく、操船の心得もない人間がずっと起きていても面白い事はないそうである。
 立ち寄る場所も無く、娯楽も少ない、そんな船での生活が半年続くとなると、大抵の人間はストレスを感じるそうだ。
 暇なのだ。
 二人が話している間に、もう一人はどこかへ行ってしまっていた。自己紹介も無し、ツナをいきなり後ろから捕まえた以外には接触もせず、実にあっさりしたもので。
「彼は機関部の担当なんだ。僕は一応、船長で航海士でパイロットって事になるが計算の殆どはAIが自立的にやってくれるのでね。仕事の殆どは計器のチェック」
「なるほど」
「退屈でつまらない仕事だよ」
 そうは言っても、これだけ大きな船を動かせるというのは、魅力である。
 船長、という言葉の響きも気に入った。
 羨望を込めてメガネを見つめると、悪い、忙しいんだとさっきと違う事を言って上部コックピットにこもってしまった。
 やっぱり嫌われているのかもしれない。
 それに……さて、またする事が無くなった。





 従順に装置を使おうかという気持ちになっていた頃、緊急の呼び出しをくらってツナは飛び起きた。
 珍しい事態だが、前の船では乗組員全員でゲームをする為に緊急呼び出しを使っていたくらいだったから、ツナもそう慌てる事はなかった――最も、あの無愛想な男二人がツナと仲良く楽しくゲームを楽しむために呼ぶ訳はないだろうから、本当に何かあったのだろう。
 着替えてフロアに下りていくと、通路にメガネと、もう一人、機関士が居て、忙しく動き回っている。
「何かあった?」
「のんきだな、君は」
 メガネはピリピリしていたが、作業を続けたまま説明してくれた。
 この付近の星域は未調査であるが、その内の一つから気になる信号をキャッチしたとの事である。
「すごいじゃないか」
 未だ人類は自分達以外の知的生命体に出会っていない。
 正確には、文明の名残らしきものはあちこちで見つかるのだが、いずれも滅亡もしくは移住後の廃墟で、文化程度を感じさせる芸術的な構造物はあっても、実物には死体しかお目にかかれないのだ。
 それでも退屈している連中相手に結構な呼び物になるので、専門の盗掘業者も存在するらしい…が、いずれにしてもこんな果てでは、その手も伸びないのだろう。
「どうするの?」
「見てくるしかないだろう。そういう…規定なんだ」
 メガネは苛々している。
 多分、こういう面倒ごとは彼の趣味ではないのだ。冒険だ、わくわくするぜ、なんてタイプじゃないのは見て分かる。それにしても…
「誰が行くんだろう」
 ツナが自分は絶対に嫌だという主張を込めて尋ねると、幸いにしてもう一人の機関士が手を挙げた。
 ありがたいが、彼に何かあった時は誰が船を直すのだろう。
 ちらりとメガネ船長を見ると、仕方あるまいと言う顔をして肩を竦める。そんなもんだろうか。

 船は巨大で、地表への着陸は無理なので、小型船で移動する。
 気密服に身を包み、思いの外軽い足取りでエアロックから外へ飛び出していった機関士を見送ると、二人は揃ってモニター前に張り付いた。
「気味の悪い場所だなあ」
 はっきり言って趣味ではない。
 大気らしきものがあるが、気密服無しでは出られず外は酷い嵐で視界も悪い。
 気密服のあちこちに取り付けられたカメラが映像を送っているが、この嵐で通信障害を起こしているらしく、しょっちゅう繋がらなくなったり映像がブレたりする。
 こういう時の妙なクセで、ツナは無意識にモニターを叩きかけたが、横からのばされた手が手首を掴み、メガネは怖い顔をしてみせた。
 いつの時代の人間だ君は、と言われる。基地ではこの方法でも結構直っていたのだが。
 一応すまんと謝って映像の回復したモニターに視線を戻すと、今や機関士の眼前には大きな建造物があった。
「…なんだかよく分からないねコレ」
 残念ながらツナはそういう、呼び物的な展示を回った事はなく、あまり興味も無かったので前知識はゼロに近い。
 メガネの方もこんな事はくだらないと思っているような目つきで、ジロジロとモニターを眺めていたが渋々、音声通信を入れて指示らしきものを出した。
 もったいつけた言い方をしていたが、要するにパッパと見てさっさと帰ってこいという意味である。
 ツナの視線に気付くとメガネはばつの悪そうな顔をして、なにやら言い訳を呟いていた。
 この寄り道のせいで全行程に約三週間の遅れが出る、見たところ廃墟のようだ、どうせ大した物は出ないだろうし無駄なのだと。それを自分に言ってもしょうがないだろうに。
 二人のテンションはかなり低かったが、機関士はいつもの無口が嘘なぐらい喋り続けていた。
 最も、それは報告の類で抑揚のない単調な喋りが延々続いている、という感じなのだ。
 彼もよくわからない人間で、その辺の通路を歩いていると脇から不意にぬうと出てきたりして心臓に悪い。
 話をする事も殆ど無いし、メガネとの会話も聞いたことがない。
 それでも仲が悪いのではないらしく、言葉に親しげな響きを感じ取れる時もある。
 だが、それはいざ当人と出会うと恐ろしく断片的な会話になり、必要最低限の、仕事上の話でしかなくなってしまうのでツナは不思議に思っていた。

『…中に入る。生物的な構造をしているが、殆ど石化している。相当時間が経っているようだ』
 メガネはツナをほら見ろ、みたいな顔をして見たが、別にツナが此処に来たいと言った訳じゃないのでどうでもいい。そうなんだ、と適当な相づちをしておいた。
『一部だけ、不自然に通路でない穴が開いている…これから下がってみる』という報告をして、機関士はするすると奇妙な縦穴を降りていった。
 たった一人しかいないのに、よくもまあそんな得体の知れない場所に降りられるものだ。
 彼は勇気があるね、とメガネに言うと妙な顔をされる。どうもこの二人の関係は分からない。


2008.6.12 up


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