何事も無く終わると言っていたメガネの予想は思いっきり外れた。
 下に降りた機関士はしばらくその辺を見回っていたが、何かを発見したと言ったきり通信は唐突に途絶えてしまった。
 音と、激しい映像のブレが何かあったことを示している。
 ツナは死ぬほど怯えきりながらも、機関士救出の準備をするべく装備を調えていたのだが、じきにその必要がない事が判明した。
 機関士は帰還していた――(声に出して読まないように。バカバカしいから)それも、何かキモチワルイ物をくっつけて、だ。
 唖然とするメガネとツナの前で、エアロックでの検査終了、オールクリアの緑色ランプが点き、扉が開いて、オートで動くストレッチャーに乗って機関士はメディカルルームに運び込まれていく。
「なんだあれは」
「なんだろう」
 意識はあるのだろう。
 しかしそれまで一言もなく、いつの間にか船に帰還してコンコン、帰ったよあけとくれをした機関士の顔面には地球外生命体と思われる物体がくっついていて、如何にも――
「危険じゃないのか」
「検査はしたんだ。入れるしかないじゃないか」
 メガネとツナの肝っ玉はどうやら同じ大きさらしく、二人はいつまで経っても中に入ろうとはしない。
 遠隔操作で医療用の精密検査だけして、地球外生命体が機関士の気管に(これも声に出して読んではいけない)深く入り込んでいる事が分かった。
「絶対にヤバいよな」
「ヤバいだろう、アレは」



 ヤバいヤバいと言い合った所で、何も出来ない二人はメディカルルームをロックし、船を帰還させる事にした。
 メガネが船を動かし、本船とドッキングを果たしている時にツナは時々様子を見に行ったり、食事の支度をしたり船内外をくまなくスキャンした。
「異常はないよ」
「あるじゃないか」
 再度メディカルルーム前で落ち合ったところ、報告した途端にこう言い換えされてツナはむっとする。
 メガネが指さした方向を見ると、寝台に横たわった機関士が見えた。
 不思議なことに――あのグロテスクな地球外生命体の姿は見えず、あの人形のように表情のない、作り物のような顔が晒されていた。
「生きてるのか?」
「それよりあの気持ち悪いのが何処へ行ったか気になる」
 仲間だろうに、冷たいものである。
 しかし此処で相手の人間性について抗議するのは得策ではない。アレの行方が気になるのはツナも同じである。
 甲殻類の足を増やしてひっくり返したみたいな形状をしていた。あれが船内をモゾモゾ這い回っているという想像は楽しくないし、自分にひっつかれたらたまらなく嫌だ。
 二人は嫌々ながらメディカルルーム内に入り、捜し始めた。
「ちょっと失礼して、気密服を着てきてもいいかな?」
「あの生物はそんなのお構いなしに潜ってくるから無駄」
 ツナの提案は却下された。
 二人してそこら中を棒で突っつきまくり、天井裏のダクトの中まで恐る恐る覗き、ようやく見つけたのはなんとベッドの下で、そいつはピクリとも動かなくなっていた。
「死んでるみたいに見えるけど」
「見えるだけだな」
「酸素に弱い性質があるとか」
「ううん、気が進まないが…」
 こういうものは、勝手に放棄してはいけないのだそうだ。
 メガネとしてはこんな気持ちの悪いものを船内に入れるのは甚だ不本意なのだが、組合の規定で持ち帰らなければならないと言い、実際実に嫌そうに保存ケースに死骸を(多分)つまんで入れ、プシュッと空気を抜いて冷凍。
「嫌だなあ。気持ち悪いよ。一緒の船なんて寝られそうにないや」
「僕だって嫌だ」
「いや、多分もうそいつに危険はないと思う」
 ツナとメガネはそろって振り向き、悲鳴を上げた。
 振り返ると、寝台の上に機関士が起き上がって此方を見ていた。
 彼はしきりに腹をさすりながら、時折咳き込んでいた。





「……」
「……塩を取ってくれ」
「はい」
 それから二時間もしない内に、三人は食卓に着いていた。
 ツナとメガネは合成食を口に運ぶが、機関士は時折腹に手をあてる他はじっとしている。
 ようやく山盛りのマッシュポテトをやっつけた所で、機関士の腹がボコボコと音を立て始めた。
「…トイレ行ってきたら?」
「その必要はない」
 次の瞬間その目がくわと見開かれ、細身の体が一メートルは跳ね上がったかと思うと、ドッタンバッタン凄まじい勢いで暴れ始めた。
「うわああああ!」
 波打つ皮膚の下を力ずくで押さえ込み、顔だけは平静な機関士はのんきに記念写真なんか撮り始めた。実際は記録映像だったのかもしれないが、もうどうでもいい。
「な、何やってんだあの人!」
「う…」
 フォークを持ったまま凍り付いているメガネの腕を引っ張ると、ツナは全力で出口に向かって駆け出した――本能的に危険なものを感じたのだ――メガネも途中で自ら駆け出し、ツナより先にドアを開けたくらいである。
 その後ろ姿にずるいぞと非難の言葉を浴びせかけたツナは、その形のまま素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「ぎゃああああ!」
「……」
 入り口を塞いでいるのは、今正に中で暴れ狂っている機関士の姿そのままで、混乱したツナは中と外両方を確認した。間違いなく居る。
「ふ、双子?!」
 驚いているツナに更に追い打ちがかかった。通路の奥から現れ、メガネを助け起こしている第三の機関士が見えたのだ。
 幻覚か。
 他にも出てくるかも知れない、もしかしたら天井から。
 ツナはパニックを起こしてその場を逃げ出そうとしたが、メガネが待ったをかけてきた。
「落ち着けよ、君! 彼は大丈夫だから…」
「大丈夫じゃないよ! 大丈夫じゃないよぉ! 増えてんだよ!?」
「大丈夫」
 最後に現れた機関士は、落ち着き払った様子で入り口を塞いでいる機関士(まったく同じ顔をしている)に武器らしきものを手渡し、メガネとツナにその場から下がるよう大きく手振りをしてみせる。
 食堂のドアはロックがかかり、中では相変わらず機関士が一人で暴れていた。
 この眺めに、ツナのあまり処理能力のよくない脳みそがぐるぐるし出したが、ついに暴れているものが――機関士その1の腹の中で――激しい動きの末に皮膚を突き破って出てくるくだりになって、ようやく事態が飲み込めたのだった。

「心配ない」
 ショッキングな映像を予感して思わず目を瞑ったツナの肩を、後ろにいた機関士その3がポンポンと軽く叩いた。
 ぞっとして思わず目を開いてしまい、その瞬間はバッチリ見えた。
 機関士その1の滑らかな腹を破った謎の生物は、しばらくびちびち暴れていたが腹の破れた本人に首根っこ(多分、あれが首だよな?)を抑えられて藻掻くのを止めている。
 周り中に溢れ、散らばった白い液体がツナに彼の正体を教えてくれた。

 機関士その1は良く出来たアンドロイドだったのだ。

「そ、そういう事か…」
 アンドロイドに痛覚は無く、力も人間とは比べものにならない。
 脳の一部に生体部品を組み込んではいるが、厳密に言えば有機体ではないので、謎の生物に体内を浸食されても平気なようだ。
 ツナは安心して後ろを振り向き、笑顔で機関士その3の腹を鋭い肘打ちで抉った。
「ぐふっ…」
「えっ、あれっ?」
「なにをするんだ、いきなり! おい大丈夫か…」
 機関士その3はその場に蹲り、メガネが非難の眼差しでツナを睨む。
 どうやらその3が本物の、人間の機関士のようだ……悪いことをしてしまった。


2008.6.12 up


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