心音
時々何をしてるんだろう、と思う。
感じる膝の上にある重み、目の前にあるつむじのあっちこっちいった頭。ゆるく握られて落ちた小さな手。小さくて形の良いみみ。
俯いているその顔を、上からそっと覗き込む。そして考える。
こうして椅子に浅く腰掛けて、前屈み気味になりながら。
「…重くないですか?」
「ぜんぜん。つーか、軽いだろ。ちゃんと食ってんのか?」
毎度繰り返される問いに、まったく同じ答えを返す。
痩せて尖った膝を一撫ですると、安心させるためにぽんと叩く。
わざと乱暴な仕草をするのは、そうすると喜ぶからだ。
ふう、と小さな溜め息が聞こえてくる。
喜んでくれるのは嬉しい。もっともっと喜ばせたいと思い、その為なら何をしてやってもいいとさえ――なんかちょっと異常かもしれない。男相手に。
こいつは見た目ほど弱くはない。立派に成人しているし、近頃のボスっぷりときたら、兄貴分の筈のオレ顔負けという感じのやり手なのだ。
でもこうしている時、まるで会ったときと変わらないように思う。
頼りなくて泣き虫で何をやっても失敗ばかりの、かわいいかわいい弟分。
「ツナ」
座り直して浮いた体を抱き込んで、子供にするように懐に入れる。
小柄なツナはすっぽりと腕に収まってしまう。頭に顎を乗せてしっかりと抱え込む。そして優しく囁いてやる。いつも通りに。
「大丈夫だ」
こんな事をするオレを、ツナはどう思っているのだろうか。
マイナスな感情ではないと思う。いつも呼べば恥ずかしそうにするが、おずおずと腕を伸ばしてくるからだ――嫌じゃないよな? うん。そう、信じたい。
オレは分かりやすくダメなやつだったから、そんな自分が小さい頃に大きくて頼り甲斐のある相手にこんな風にされたら、それはもうベッタリ頼り切ってしまっただろう。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。が、ツナがオレだけを頼るとか、そういうのはすごく嬉しい。考えただけで気持ちが浮つくというか。いないと困るというように思っていたら。それは叫び出したい程の幸福だろう。
しかし残念なことにツナが頼る相手は多い。
まったく頼りになる仲間達、だよな。
この間はソファーでガチガチに固まった獄寺の肩に寄りかかり、よだれまで垂らして寝こけてたっけ。
それだけ大勢に慕われているという事実の裏返しなのだろうけども、見ているとなんだか複雑な気持ちになる。肩だろうが膝だろうが腕だろうがオレに言えばいつでも貸してやるのに! ってな感じ。
でも実際は、オレもオレの部下や仲間がいて、しなきゃいけない仕事も山程あるのでいつでもツナの側に居てやる訳にはいかない。その部分、やっぱ譲らないといけないか。
本当はずっとついててやりたいけど、オレもツナもファミリーのボスなのだ。難しいところだ……殆ど身内同然とは言え、他のファミリーのボスがつきっきりで護衛とか無理だろうな。第一ロマーリオ達が大変だ……守る対象が複数になればなるほど難しい。
ツナだって人目のある所ではこんなにくっついてはくれないだろう。
二人きりの時だって酷く恥ずかしがり屋なのだ。
こんな風に周囲に誰もいなくて、静かで、確実に誰も来ないと分かっている時じゃないと。そういう部分はかわいいが、ちょっと面倒だ。一番最初からそうだった。
そもそもなんでこんな事になったか。
初めはほんのちょっと、冗談のつもりだった。
部屋に入ってきたツナの顔色が悪くて、あんまりふらふらしているものだから、大丈夫かよと声をかけたのが始まり。
「少し休むか?」
本気でキツそうだったから、呼んで膝を叩いたのだっけ。
「……はあ」
多分ツナは半分寝惚けていたんだろう。躊躇いなくやってくると、すとんと隣に腰を下ろして横になり頭を乗せた。ビックリした……けど嫌じゃなかったから半分本気の冗談。
しばらくすると「わー!」とか言っていきなり飛び上がったので、宥めて膝の上に抱き上げたのだ。
「落ち着けよ」
「すみません、すみませんすみません!」
「いや平気だって。オレが言ったんだぜ?」
顔を覗き込みながら言うと、真っ赤になりながらぐうぐうと唸っていた。
「ツナ?」
一向に顔を上げる気配はなく、目も合わせてくれず困り果てたオレは、緊張を解そうと震えている腕や、背中を静かに撫でてやったのだ。子供をあやすような気持ちで。
「すみ、ま、せ」
そうしてる内に徐々に力が抜けて、体を預けてくれた。
なんだか妙に気分が良くなったオレは更にしっかりと体をくっつけて、胸に抱き込んだ。
「ディーノさん、あああの」
「ん」
赤ん坊が母親の心音で安心するらしいとか半端な知識があったもので。
シャツ越しの心臓の音を聞かせると、ツナは暴れるのを止めて大人しくなった。
効果テキメン。
「疲れてんだなー。ちゃんと休んでるか」
「え……あ、えーと。寝るヒマなくて…」
「寝て良いからな?」
「ええええ」
懐でツナは余計寝れないとかブツブツ呟いていたが、そのうちすうすうと寝息が聞こえてきた。
まるで大きな赤ん坊だ。
流石に全体重が片腕にかかると重かったが、なんだかオレはすごく満足してしまって、腕が痺れるまでずっとそうしていたのだった。
それが――癖になった。
オレはツナの顔を見れば腕を広げ呼ぶようになり、ツナは――こちらは誰もいない時だけ――大人しく膝の上に収まってくれる。
前からオレはツナに好意を持っていたが、こうするようになってその感情はどんどんかさを増やし、今はもう顔を見たらそれだけで体全部埋まってしまうような。
二人でぴったりくっついていると、なんだかそれだけで良いような気がして、他のものが邪魔に思える程だった。
それは女に惚れた時に似ていた。
浮ついた気分で他の事が手に付かなくなり、四六時中会ってたいし、どんな事をしてでも守ってやる、と思う。
でもツナは違う。
中々本音を見せない女へのわくわくした感じだの、守ってやりたいのと裏表のように存在する征服欲が無いからだ……つーかそんなモン感じてたらオレは危ねえ! 変態だ!
ツナもオレもボスなんてものをやってると、他人から受ける影響は最小限に抑えねばならない。オレ達の判断は大勢の将来を左右する程大きなものだし、時には非情な決断をしなければならない時もある。
ツナには立派なボスになってもらいたい。オレよりも、もっともっとだ。
それが彼の道だと信じている。それだけの事が出来る男だと。
けれど、同時にそんな立場にあるツナが相当キツイ思いをしている事も知っている。だからオレはもっと頼って欲しいと思うのだろう……ボスだって人間だ。弱音だって吐いて良いんだ、うん。オレは吐きまくってるぜー。酒の勢いとかに任せて。
「ツナ」
「…んぁ?!」
呆けた返事で飛び上がったツナの頭が顎にブチあたる。痛ェ……けど我慢。騒いだらかっこ悪いだろ。
「なん、なんですか」
寝てたらしい。スマン、起こしちまった。
けどこれだけは伝えなければならない。じゃないとオレはツナに頼って欲しいあまりツナの部下や仲間にまで嫉妬するただの変態になってしまう。
「辛かったら、いつでもオレを頼ってくれよな」
「なんですかいきなり…」
「何でも聞くから。オレ、ツナの為に何でもするからさ」
「ええと……ありがとうございます?」
起きがけで混乱しているのか。ツナの表情は困惑しきっていた。
少し時間が経って目がはっきりしてくると、ボソボソと付け足しのように言う。
「いま、おれ、すごい頼ってるんですけど…」
「もっと」
「もっと?!」
ツナがウーンと唸る。悩ませるつもりはなかった。
もっともっと信用して欲しい。オレはそれに足るよう最大限に努力する、どんな些細なことも教えてくれて、オレだけ見て、オレだけを頼ってくれれば……いや、いやいやいや!
「違う!」
「ヒェッ」
声にびっくりしたツナがビクリと跳ねてバランスを崩す。
仰け反る体勢でワーと叫んでいるのを、ギリギリ背を支えてやれば直ぐ近くに限界まで開いた茶色い瞳があって、あ、綺麗、とか思…
「だから違うんだって!」
「わー!」
がっくんと腹筋だけで起き上がったツナは見た目に寄らず武闘派なのだった。
「いきなりなんですか!」
鼻が触れそうな距離で怒鳴るその声。
怒っているのか、目尻がちょっと上がっている。眉の寄ったこの表情は珍しい。思わずまじまじと見詰めると、困ったように視線が泳いだ。
「なんか、ヘンですよ。ディーノさん?」
「あ?」
「あじゃなくて。どうしたんですか」
気遣うように腕が回され、胸に顔を寄せる。
どく、どくと一定のリズムで打つ心臓の音に、目を閉じる。荒れていた呼吸が落ち着く。なんか、安心するなこれ……
「相当、疲れてるんですね」
耳元を擽る声が心地よく、思わず抱きついた。
腰、細ぇ。
本当に男か? いや前見たけど。ちゃんと見て知ってるけど!
信じられない。だって何かイイ匂いするし、こいつ。
「ツナ、すげえ、イイ匂いする…」
思っていただけのつもりが、思わず口から零れていた。
ツナはく、と妙な息の詰まり方をした後、コホンと小さな咳をした。
「あの、今日、久しぶりにロンシャンに会って」
瞬間的にムッとした。
ツナのバカ、他の男にくっついてんじゃねーよ、とか思ってしまってやっぱオレ変……いやもう変態でいいわ。
2011.7.26 up
#
文章top
|