ディーノさんと温泉に行く話
ディーノさんがやってきたのは、半年ぐらい前だ。
突然この並盛商店街に現れた彼は流暢な日本語で職探しを始めた。が、当然生粋のイタリア人で容姿端麗な彼を夜の街が放っておくワケが無く、最初の一月は繁華街で働いていたのだ。
それでもココになんの用があったのやら………マンションを借り、仕事場へは通っていた。俺とはその頃から知り合いで、彼はよく花を買っていってくれたから………(俺ン家、花屋)ディーノさんが店兼家の俺の部屋に来たり、ディーノさんの部屋にお邪魔したりと繋がりは決して薄くない。
夜の仕事はそこそこ続いていたのだが、そのうち店の客が彼を巡って刃傷沙汰にまでなったので、クビにされてしまったのだ。
それ以来彼は職を転々としている。このディーノさん、かっこいいことはかっこいいのだがなにせ不器用だ。皿を洗わせれば綺麗にするより割っている方が多いし、包丁を持たせると命が危ない。細かい仕事はまず向いてないし店のレジをやればそこだけ異様に混む。
そんなんだから日常生活も危なっかしく、なんだかんだ言って俺は彼の世話をしていた。
最近ではイタリア語教室で講師の職についていた。
特別何を作らなきゃならないわけでもないのでなんとかこなしていたのだが(ディーノさん、頭はいいのだ)、この様子だともう一つの方の要因らしい。
彼女との話と照らし合わせ、予想がつきつつ俺は訊いてあげた。
「で、どうしたんです?」
「シャチョーがさ、俺がいると教室が成り立たないから辞めてくれって………」
客は入ることは入る、が、マトモにイタリア語を学ぼうとするよりディーノ先生とお近づきになりたい女性客ばかり詰めかけてしまったのだという。
授業の割り振りも出来ず、古参の生徒は離れてしまうし、教室は大変困ったらしい。
「折角俺に合う職業、見つけたと思ったのに」
串焼きをビールで流し込みながら、はあっとため息を吐いて気怠げに言う。
俺はなんとも言い難く、お通しをつついた。
でもディーノさん………働く必要なんてないんじゃないか。
だってマンションもポンと即金で買ったらしいし、彼の駐車場にはすんげえ高い外車が停まってる。金はあるらしい、おごられたことはあってもせびられたことはない。
「むずかしいなぁ、就職って」
「そんな。似合わない台詞言わないでくださいよ」
主に顔に。
無理矢理笑顔を浮かべて店員を呼び止め、日本酒に切り替える。
うわばみの彼に付き合っていたら下戸の俺はぶっ倒れてしまう。
「ツナはいいな。器用だし、優しいし」
「器用なんかじゃ全然、ないですよ?それに別に優しくありません」
「優しいって」
カウンターにコテンと頭を預けて、酒のせいか熱っぽい眼差しで言うディーノさん。
俺、男だから。
それ無駄弾っていうんだぜ………
「ま、優しいのも善し悪しですね」
心なしか熱い眼差しを注ぐカウンター中の店員から目を逸らしつつ、俺はさっきまでの落ち込みをはんすうしてしまった。
銚子を傾けて彼のお猪口に注ぐ。俺も、一舐め。
っていうかディーノさん、俺が未成年って忘れてるよな。俺も忘れるけどこの際。
「なんかあったのかー?」
んー?と覗き込んでくる顔が、そっちのが優しくて密かに動揺する。
こういう、お兄さん顔した時のディーノさんは雰囲気が全開で甘くなって、男とか女とかそういう性別を越えてヤバげな空気がドバドバ出る。
………けど。今日の俺は違う。
「フラれました」
「………へえ」
「それだけ?」
「あの、彼女?」
「どの彼女もなんも一人しか居ませんて。俺、高校の時からだから………2年?くらい?」
「オマエ今幾つ」
「じゅうはち」
うっわー若ェー!と騒ぐ。
何が楽しいんだか、こっちはフラれた直後に原因とツラ付き合わせて飲んでる微妙な気持ちだっての。
「それも青春だよなぁ」
「セイシュンとか、簡単に言わないでくださいよ………これでも結構、ショック受けてんですぅー」
ああ、困った。
俺、この人が好きだ。いい人だし、優しいし、不器用だけど愛嬌があって憎めなくてさ。
だから恨みに思ったりしたくなくて、そういうマイナスの気持ち全部彼女に行っちゃう。あいつだけが悪いのと違うよな、って頭では分かってるんだけど。
俺のせいでもあるんだろうけど。
内心でマジメにそんなことを延々考え照れまくった俺は、お猪口の中身を全部煽った。
「ヤケなってんな」
「飲みますよー。飲んでやるー!」
「俺も俺も」
「ディーノさん」
がしっとその肩を掴んで、此方を向かせる。
目を白黒させているその顔にぐいーっと近づいて、酒臭い息を吐きながら言う。
「女なんて、この世にたっっっっっくさんいますよねェ!」
「お、おう」
「そのうち泣いて頼んで土下座しても一緒になりてーって女に会えますよね?!」
「そ………れはどうか、なあ?」
「会えるっていっとけー!」
2006.3.3 up
next
文章top
|