ディーノさんと温泉に行く話
「ツっくーん」
年より若いと評判の母さん。の声がする。ガンガン、頭に響く。
分かってる、飲み過ぎた。吐くほどは行ってないけど。元々俺そんな飲めるたちじゃないし………
「ちょっと、起きてよ。ディーノくんもう出かけたわよう」
………あ。
がばり、と身を起こしてうーうー唸る。きっと酷い顔色に違いない、二日酔いの朝は。
俺はおぼつかない足取りで居間のソファーから這い出し、洗面所に直行。冷たい水でバシャバシャ顔洗いながら昨日の出来事を一つ一つ思い出す。
えー、彼女にフラれた。
原因と飲んだ。
原因に、絡んだ。しかも徹底的に………
サアア、と青くなった顔がわかりやすい。俺はやってしまった、あの人のイイ兄ちゃんを弄り倒してしまった…更に家にまで連れ込んで。
軽く落ち込みながら酒臭い息を抜く。ぶはあ、気持ち悪っ。
(ってかアイツ………)
俺フッた足でディーノさんに会いに行ってたとしたら(そういう事しそう)、完全すれ違いだよな。しかも元彼とその元彼をフッてまで付き合いたいオトコが一緒に仲良く飲む状況。なんだそれ。
滑稽極まりない状況に、具合の悪さも少し和らいだ。
ディーノさんに罪はない。
彼の笑顔と男らしい優しさは商店街の女(きっぷのいいオバちゃん含みます)のみならず、おっさんとかにも評判がいい。
ウデはからっきしだが、根性入ってるぜと評したのは料理屋のご主人。
仕事ぶりは真面目で愚痴一つ言わず、重いもの持つのも嫌がらないとかっていってた。
人当たりイイし、人さばくのうまいし、商売にもむいてるんじゃないかと思う。接待主で。
(つまりあのビボーに逆らわない商売にすりゃいいのかなあ)
無意識に次の彼の職業を考えてしまう。
「ツッくん?」
「あ、はいっ?」
「なにどうしたの?おっかしい」
変に改まった返事が出たのは、考え事をしていたせいだ。
「顔洗った?ごはん………は食べられないわよね。車出して欲しいんだけど」
「はいはい」
母さんは店のエプロン姿でパタパタとかけていく。確かに元気で若いよ、下手すると俺よりも。
出稼ぎ(…というかアレは殆ど放浪だな)の多い父さんは、滅多に家に帰ってこない。俺が成長して手がかからなくなってきたと同時、母さんは昔取ったナントカでフラワーアレンジメントの小さな教室を開いたりしていた。
それが段々軌道に乗ってきて、商売しないかって誘いが来て、成り行きで新築中の家が花屋になってしまった。最も、売るのは切り花や鉢植えがメインじゃなく母さんの腕とセンス。
お店とかにオーダーくらったのがきっかけで、大きな花束から小さなコサージュまで、依頼で作って出したりショーケースに陳列したり。結構、評判がいい。
俺はというと、進学もせずに家の手伝いをしている。元々、勉強キライだし、卒業したら商店街のお店のどっかに使って貰おうと思ってたんだけどね。学生の時バイトした延長で。
大学行って会社就職するより、こういう人が多いところであれこれ話聞いたりしながら仕事すんのが普通って思ってたから、特に考えることもなかった。友達は驚いてたけど、こんなんもありなのよってって、父さんも母さんも喜んでたから深く考えもせず。
「急がなきゃ急がなきゃ」
高校卒業と同時に取った免許。店の軽トラで商品を運んだり、母さんを運んだり、日中の店番をしていると時間はあっという間に過ぎる。
最近は店が忙しくなってきて、手が足りないくらいだ。バイト雇おうかって母さんと話してるくらい………
………
………
………
いや。それはマズい。
俺はぽこっと浮かんだ顔を慌てて消した。花屋、以外と力仕事多いし接客も大事だけど、なんてったって花は壊れもの生ものなのだ。持ち上げるという動作一つにしても、脆い花びらを散らさないよう気を付けて慎重にしないとなんない。
鉢植え落とすと片付けるの大変だし、仕入れも単価高いやつあるし、ディーノさんにお願いしたら売り上げと仕入れ値がトントンになってしまうような気がする………
「絵柄は悪くないんだよなあ」
店先で花持って立っててくれるだけで、売り上げは2倍3倍にもなりそう。
「けどなあ………」
花屋は特に信用商売である。売り物を傷つけて渡したりしたら次から別のところに………ってなるんだから、それはヤバい。
「なにぶつぶつ言ってるの」
「わあっ」
「行くわよ」
朝もはよから起きて作っていたらしい、盛大な花盛りバスケットに俺は仰天した。
「こ、これ、何処に?」
「教室の、元生徒さんが再婚するって言ってたじゃない。そのお祝い」
「ふええええ」
確かに式場に置いても見劣りしないだけの代物だけどさ………
「………これ」
「あ、大丈夫。ちゃんと依頼で作ったから」
「ならいいけど」
人のイイ母さんは時々ロハで仕事をしてしまうから、こういう元値のかかりまくった商品は帳簿を預かっている俺の背筋を冷やす。
酷い赤字とかにならないかぎり、母さんの性格だしと諦めてるんだけど。流石に今回のは。
車を出すと、朝の道路は少し混んでいた。午後の式までには時間がある、焦らず花を駄目にしないようゆっくり行こう。
信号待ちをしながら、無意識にMDを入れる。車内に広がるノビのいい女性ヴォーカルが俺の頭をハンドルに沈めた。
忘れてた………これ、アイツのじゃねえか。
わざわざ自分で失恋を思い知らせる決定打を打ち出してしまった………
落ち込む俺に、母さんはなに?と明るく訊いてくる。
「俺昨日さあ………フラれたんだよ」
「ええっ?!」
「だからヤケ酒?はは。そーゆーワケ」
「ツっくん………」
気遣わしい顔をして、母さんは言った。
「あなた未成年じゃなかったっけ?」
「そこかよっ!」
ああっ、頭が痛い………二日酔い忘れて思いっきりつっこんでしまった。
「今更何言ってンだよ!俺10歳の頃から商店街の会合で日本酒飲まされてんだよ?」
だからバカに拍車がかかったんだよ………!
「ほどほどになさいねえ」
的はずれなアドバイスにぐったりする。
ビッ、と慣らされて慌ててギアを入れ直す。ヤバ、信号変わってた………つっても、初心者マークついてるから大目に見てくれるかなあと甘いこと考えながらアクセルを踏む。
免許取って最初の1ヶ月はクラッチとアクセルの具合わかんなくて、しょっちゅうプスプスエンストこいてたけど、流石に店の用事であちこち連れ回されると大分上達したと思う。
2006.3.3 up
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