ディーノさんと温泉に行く話
街の式場に着いて、母さんはそのままセッティングに行ってしまった。
ついでに式に出られない事謝って用事も済ませてくるとか言ってたので、俺はそのままUターンして帰る。
今日は店を開けるのが憂鬱だ。っつっても、花を卸してくれる業者が来るから開けなきゃならないんだけど………
2年。結構、長いよね。
行事ごと居てくれるのが普通だったから、寂しい正直言って。昨日はただひたすら腹が立ってしょうがなかったけど、一晩経って落ち着いたらそういうとこが寒い。
何事もテキトーで不器用な俺に2年付き合ってくれたってんでも、感謝しとくべきなのかな………
「あれ?」
店の前には金髪の頭が居た。あれは、ディーノさん。
そいでもって業者のおにーさん。が、にこやかに話してる。
「それじゃあよろしく………」
「ほい」
「ちょっと待ったアアアアア!!!」
仕入れの花や、お客さんに頼まれて最近少しずつ入れている小物の鉢を受け取ろうとしたディーノさんと業者さんの間に俺は滑り込んだ。
「おっおっおっおっ俺が持ちます!ディーノさんに持たせるなんてそんな!」
危険過ぎる!!
「そんな遠慮いらねーぜツナ?」
「そう、そんなあ、ハハ、勿体ない………」
「ん?」
あ!そうだ!
俺は素早く家に飛び込み、昨日彼女にフラれる前にノリノリで作っていた花盛りカゴを持ってきた。
「コレ持ってください」
「うん?」
「で、此処に立っててもらえます?」
「いーけど」
おっしゃああ!(ガッツポーズ)
きょとんとしたまま花を持って立つディーノさん。完璧だ。
完璧に完璧な看板だ。
業者さんの伝票にサインして、品物を運びながら俺はニンマリした。道行く人がちらちらと店を見るのが分かる、あれはディーノさんを見てるんだ!
「あのぅ………」
「はい?」
ついにそのうちの一人が声をかけてきた!
愛想良く応じるディーノさんに、わっと通行人が群がって一列に並ぶ。ヨシヨシ、お行儀いいよその調子………俺は密かにガッツポーズ、を繰り返した。
「ひとつ、ください」
「ありがとうございます」
ニコッ。
一通り商売職ナメてただけあって、その接客は100点満点の120点。俺の冴えない愛想笑いなんて消し飛ぶくらいの威力がある。
裏方に徹し、商品を手渡すロボットの如く俺は手を動かし、仕入れたばかりの鉢や作り貯めた商品を次々売っていった。
「おわー、すげー!」
午後を少し過ぎた辺りで完売って、新記録!
翌日の注文をメールでしてから、俺は茶を啜っているディーノさんに向き直って深々頭を下げる。
「ありがとうございました!」
もちろん、こんなんじゃ全然お礼になんないし。
満面の笑みで顔を上げた俺に、ディーノさんは手をのばして頭をくしゃくしゃっと掻き撫ぜた。
「良かった。ツナ、元気なったみてーだ」
「ディーノさんのおかげですね!」
もー俺は女なんて忘れて商売に生きる。
そう思うほど、興奮するほどの売れ行きだった。ああ、本気、この人、雇ったらいいかもしんない。
俺が持たせた花カゴをまだ抱えたまま、足を崩して座り込んでいる。俺だったらただダラッと見えるだけのポーズが、雑誌の一ページみたいだ。元が違うとこんなにも違うのかと思う。
ガラス越しに入る陽の光が彼の金髪に反射して、キラキラ輝いている。花を見ながら閉じられた口は緩くカーヴを描いていて、ううん。俺は唸る。
なんでこんな人が並盛商店街なんかに住んでんだろ。
「昼飯食いに行きましょうか。なんでもいいですよ!店のおごり!」
「おっ豪勢だなあ」
目線を合わせると人懐っこく笑って、王子系の美貌が親しみやすいものになる。
ホラ、よくテレビだの雑誌だので王子系タレントとかいって特集とかグラビア組んでるけど絶対この人の前じゃ恥ずかしくて言えないって。生。生王子だよ!点足したら生玉子!
………アホか俺。
「何が食いたいですか?」
店のエプロンを外してかけて、靴をつっかける。
後からついてきたディーノさんは座り込んで丁寧に足を入れた。ら。
「アレ?」
裾汚れてる。
俺は無礼にも手をのばし、足を掴んでしまった。
「わたぁっ!」
「アッ、ごめんなさい!」
しかもそのまま引っ張ってしまったので、ディーノさんは派手に転んで頭を打った。
忘れてた………この人、鈍くさいから手をつくとか器用な事できないんだよなあ。
「大丈夫ですか、んっとにスイマセン!」
「いや、平気だけどよ」
あし、あしと言われて慌てて手を離す。悪いことしてしまった。
「それにしても、ディーノさん」
「んー?」
「一体何処歩いてきたんですか?ジーンズの裾に血ィついてましたよ」
「………っ」
がたごたぼすごて。
もの凄い格好で彼は転んだ。
「何やってんですかあ!」
「い、や………別に………なんでもないんだ!」
「うわあ!」
がしっと肩を掴まれて、近距離で叫ばれて俺はビクついた。
「コレは別にあれはそのう全然違うぜ?危ない事じゃない!」
「わ、わかりましたわかりました」
どうせまたどこか階段から落ちてスッ転んで………怪我でもしてたら大変だ!
そう思って訊いたのに、ディーノさんやたら焦る。
「ほんとマジ俺カタギだから!ヤバい商売とかしてない!」
「………わかってますよう」
なんだかぼろぼろブラックでダークな冗談出てるけど、分かってるよもう。
ディーノさんみたいな、別の意味で危なっかしい人が裏の商売なんて出来るわけがないって事ぐらい。
「はいはい、それはようーく分かったんで………何にします?」
「とりあえずビール、2」
「俺飲みませんから………」
二日酔いは密かに続行中なのだ。
いつもの定食屋。昼過ぎで人が退けたところに、少しずつ商店街の顔が集ってきている。
「肉食べる気分じゃないし………野菜炒めにしよっと。ディーノさんは?」
「ショウガ焼き」
はいよっと威勢のいいかけ声が来て、寿司屋みたいだ。
ここは無愛想な店主さんと、豪快な奥さんが経営している。奥さん、何をするのも豪快でくんでくれた水がテーブルに飛び散る………
けど、いい人たちだし、美味しいんだ。
「んま」
ぷはーとビールで口を湿らせてから、ディーノさんはワイルドな仕草で口を拭う。
実におっさんくさい………けれど、不思議なことに彼がそれをやると此処は商店街の定食屋じゃなく、そうだなあ、例えて言うなら西部の、ガンマンが集まる荒野の酒屋みたいな。意味わかんね!
俺は自分でつっこみを入れつつ、水をひとくちのむ。
「奈々さんは?」
「今度来る大口の仕事の打ち合わせに」
「すげえなあ」
「すげえけど、すげくないですよあの人もう。今朝なんつったと思います?」
母さんは俺の未成年飲酒をやんわり窘めた後、自分の人生経験から貴重なアドバイスとやらをしてくれたのだが………
父さんにベタ惚れで父さんも母さんにベタ惚れで、未だにアツアツバカップル続行中のシアワセ奥さんのアドバイスってのもまた、月並みだった。
「失恋には旅行よって」
「ほー………」
「なんだそれってカンジですよねえ。女の一人旅ならまだ絵になるけど、こんなんがフラフラしててもむさ苦しいだけですよ」
「いやそれはない」
………横からつっこみが入った。
金物屋の店主さんで、商店街の顔だ。とにかくノリがいい。
「ツナちゃん、奈々ちゃんに似てるから」
「むさ苦しくはないわよねえ、はいっ!」
ドカンと隕石の如く降ってきた盆。あ、野菜炒めか。
「ディーノくんもそう思うよねえ!」
「そうだな。ツナはかわいい」
ショウガ焼きに箸を付けながら、ディーノさんはとんでもないことを言い出した。
「そうそう、ツナちゃんはかわいいのよー」
「女にフラれたぐれーでショゲんなよ!もっといいのが世の中にゃごろごろしてるぜ」
「かわいいツナちゃんに、ハイおまけ」
プチトマトをごさっと皿に盛られた………
なんだこのプレゼント。かわいいけど、こう山盛りにするもんじゃねえだろ。最早コレはプチではないぞ。
「かわいいって………男に対する褒め言葉じゃないっすよ………」
どすーんと落ち込みながら口に入れる。俺の口はあんま大きくないんで、それだけでいっぱいだ。
もぐもぐ定食とトマトを食ってると、なんだか俺をそっちのけで場がどんどん盛り上がっていく。
「いいんじゃない、この間は大雪で行かれなかったし………」
「年末年始売り上げよかったしな。チト豪勢に、いい旅館泊まるか!」
「題して失恋したツナちゃんをみんなでなぐさめよう旅行?」
「ちょっ、まってくださいよぉぉ!!」
なんだそれ、止めてくれ!
「それただ飲み食いしたいだけでしょ俺、俺をネタにしないでくださ」
「ワタシいい場所知ってるのよ〜」
駄目だ、聞いてない。
控えめな俺の主張は退けられ、瞬く間に計画ができあがっていくのを呆然と見守るしか出来なかった。
2006.3.3 up
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