ディーノさんと温泉に行く話
普通の商店街がどんなんかは知らないけど、とりあえず並盛は単純だ。
企画が出る。行きたい人が金を出す。人数計、割る。それだけ。
だからそう時間もかからない。俺の、「あれはその場だけポッと出の話で後で無かったことにする」作戦は見事失敗した。「あれそんなんありましたっけ」なんつっても、駄目だ、挙げ句「ツナちゃん………がんばんだよ!」と訳の分からない励ましまでされてしまう始末。
結局。
貸し切りバスの中で俺は、商店街のミナサマに囲まれ古今東西の応援ソングを歌われるという、軽い精神的拷問重度の聴覚的拷問に苛まれていた。
ヒドイ………
ムゴイ………
失恋の痛みが癒されるのは静かな一人旅じゃねえの?!
癒されるどころか抉られてんだけど!!
「はぁ………何の因果でこんな………」
「大丈夫かよ?」
や、この人も災難だよな。
その場に居た、ただそれだけの巡り合わせで強制的にメンバーに加えられてしまったディーノさんは、「温泉なんて初めてだ」とはしゃいでいたが………
「ごめんなさい」
いいですか。
温泉ってのは静かで落ち着いていて雰囲気のいいところなんですよ。
こんな大勢で押し掛けて、カラオケ歌い倒して缶ビール飲みまくる場所じゃねえですよ…
俺はそんなことを真剣に思いながら、言いたいけど、折角楽しんでるのに水さすみたいでよくねえかなとかぐだぐだぐだぐだ考えてしまって。
「ン?飲むか?」
冗談半分にディーノさんが差し出したのが、ビールだったら飲まなかった。
でもそれはコーラだったので。その赤い缶を見たらポテトチップスの味がする口の中に、流し込んだら最高だよなあって。
「どーも」
受け取って、ゴクゴク飲んでしまった。
「ツッ………ツナ?!」
「へ?」
「ああ……いや、なんでもない」
「なんですか?」
なんだろう。
手元でもじもじしてるのが不思議で、俺はディーノさんの顔を覗き込む。
「なんでもねえよ?!」
「は、はい!」
切羽詰まった顔で言われて反射的にカクカク頷く。
なんだろうなあ、普段優しいけどこういう、慌てたときとかコワイ顔になると異様に迫力あるんだよなあ、この人。
「ごちそうさまです」
はい、と缶を返すと、彼はまたビッミョーな顔をしてそれをまじまじと眺める。
ナンダヨ。自分でくれといて、もしかして他人の口ついたのヤなタイプかな………
俺こういう集まりに引っ張り出され過ぎてて慣れきっちゃってるからなあ。
「新しいの出します?」
「い、いや!これでいい!っていうかこれがいい!!」
「はいー!」
またすごい顔で叫びだしたので、俺は黙って両手を上げた。降参だ降参。
3月なのに雪が積もっている、山道をひたすらぐるぐる上がっていく。耳がキイーンとなるのが嫌でハアだかフウ!だか咳払いしてるおっさんや、家から持ってきたおやつ片手にぺちゃくちゃくっちゃべってるおばさん。
中に混じって一人だけキラキラしているディーノさん………
プププ。なんかおかしい眺め。
「ツナ?」
「なんでもないですよ。あ、ホラ、着きましたよ!」
俺の忍耐にも一応、一応限界あるからね。
ぶっちぎれる前に宿に着いて良かったよ………
山間に点在する大きな宿泊施設の中では、大きさや収容人数は中堅。
けどサービスがいいらしい。値段も、その分はるんだけど。今回は一応、名目は、フラれた俺を慰める会(うーん、実にありがた迷惑だ)なので、俺と巻き込まれたディーノさんの分は皆さんで出してくださるという。
ありがたいんだか………ありがたくないのか………微妙だ。
そもそも俺は旅行なんて出かけるガラじゃないし、母さんに店任せるのも心配だし。だから最初は断ろうと思ったんだけど、ねェ。いい理由出来たと思ったのに。
定食屋のおばちゃんがあの例の早口で状況を全部全部いっちまったんだものなあ………
是非行って来なさいとかありがとうございますとか頭下げちゃったからなあの人。
ガヤガヤ騒がしいままにバスを下りていく、その意気揚々とした後ろ姿を追って俺は立ち上がった。
しょうがない、これも成り行きだ。
「行きましょう」
なんとなく、反射で手を伸ばしてはっとする。
こういう乗り物に―――って主に、電車だけど。
一緒に乗って、窓際を譲って、立ち上がるときはこうして手を差し伸べるのは。
………俺ってさ。気が利かないタチ、だから。
最初気付かなくてずんずん先行く彼女の後ついてウロウロしてた。座らせてくれるのも全部世話好きの彼女がして、それでだらだら過ごしてて。ある時、そんな風に気遣ってる周りの奴ら見てはっと―――っていうか、ぎょっとして。いたく反省したっけ。
「ディーノさん、行きますよ」
気を取り直して手を振る。きょとんとしている顔が可笑しくて俺が笑うと、彼は素直に頷いてそれを取った。
グッと握られる。大きな手。
違うよな。これもう、あいつじゃないじゃないからな。
「待望の温泉ですよ。楽しみでしょう?」
2006.3.3 up
next
文章top
|