ディーノさんと温泉に行く話

 

着いたそうそう温泉に行くと張り切っている皆を置いて、俺は部屋に戻った。
俺とディーノさんは二人部屋を貰ったんだが、これがなかなか広くていっとういい部屋だった。どうやらこの旅館、部屋が空いていればグレードを繰り上げてくれるというありがたいサービスをやっているらしい。団体様で押し掛けたのに、親切な人たちだ。
最も帰るときまで続いているかは微妙………
みんな、日頃の鬱憤晴らしに来てるとこあるから………
「面白いですか?」
「すげー綺麗だ」
中庭に面したこの部屋は、大きな窓の外に庭園が広がっている。なんだかの神社のどこだかいう庭を模した、と説明書きにあるが、不勉強な俺にはサッパリだ。
ただ見事な事だけは確かで、見るなり歓声をあげたディーノさんに宿の仲居は僅かに口元を綻ばせ、お客様にはとてもご好評頂いておりますと言い添えていた。

ディーノさんは視線を庭に据えたまま、動かない。
そんなに気に入ったのならと、俺は一つ提案をした。幸い外はまだ薄暗い程度。なんとかなる。
「散策に行きますかー」
無言でくるりと向いた顔が、まだ驚いた時のままだった。
「庭、入ってもいいそうですよ。提灯も貸してくれるサービスあるって………風情あるなあ」
「………ん」
のそりと立ち上がると長身が分かる。一緒に並んで座っていても、俺は胴が長くディーノさんは足が長いのでそう違いはないかもしれない(グスン)、けど、身長は決定的に違う。
もう殆ど見上げながらドアを開けて待っていると、「ツナ、男前だなー」って笑われる。
「マジっすか?!」
「おう。あっち行っても、優しい男はモテる」
「イ、イタリアで?」
やーまいったなーハハハ。
存外のんき者の俺はその一言だけで有頂天になってしまう。
そもそもその………男前?言われたの、多分初だし。しかも男に!
………喜んでいいのか?
いや、いいんだよな。
板張りの廊下を歩きながらウヘウヘしている俺は、相当不気味だったのだろうか。
通り過ぎた仲居がディーノさんをはっとした顔で見上げた後、隣の俺をオマケ程度に見て、すんごい足早に去っていったんだけど………
来て1時間もしないうちにもう旅の恥をかいてしまった。

「いってらっしゃいませ」
薄暗い庭に、宿の人が手渡してくれた提灯の灯りを持って入る。光量は控えめだが柔らかい、優しい感じの光が綺麗で、少し見とれる。
一応商売柄、綺麗なものには好意的な俺。
「雪があるな」
「山ですからね。にしても、寒っ」
だからきっと多分ディーノさんにも。
「じゃあ……」
「あっ、脱がなくていいですから!お気持ちだけありがたく受け取っておきます」
ぺこりと頭を下げる。
本当にいい人だ。
こうやって、自分をおいて他人に気遣ってみせる、ってのは、そうそう身に付くものじゃない。商売なんてやってると特にそう思う。
お客さんと言っても千差万別、色々居る。日々一瞬だけの接触にしても、感じられる個性は様々だ。

俺っていうか、ディーノさんが優しいんだよなぁ。そういうとことか。

感心しきりの俺は敷石をまたいで大きな松の側へ行く。
ひんやりとした山の空気が心地良い。
松の幹をぺちぺちと叩いてみる。
「ひゃー、大きな木だなー」





「………ツナ」
庭の真ん中から動かないディーノさんは、少し真剣な声で俺を呼んだ。
バスの中でも静かにして、ずっと窓の外を見てたから腹でも痛いのかなあって思ってたけど―――
「はい」
間抜けな返事をしながら、俺はしまったあ………と思ってた。
ディーノさんの顔は眉が寄せられてて、いつも見る顔じゃなくて。
「どう、したんですか?」
訊きながら答えが分かる気がした。きっと悪いことだ。
「俺は―――」

「あんりゃーツナちゃん!ンなとこでなにやってんのぉー?」
………ご一行様。
渡り廊下を渡って露天風呂に行こうとしていたオバちゃん一行と、見事視線が合った。
どうやらこの見事な庭の端にそれはあり、庭を越えた奥に特設の露天風呂があるらしい。
「風呂はいんないのお・ふ・ろ!」
「入りますけどォォ!」
もうちょっと空気よめや!と怒鳴りたくなるような陽気さでオバちゃんたちはどすどすと床板を踏みしだき、行ってしまった。

「………戻るか」
「………そーですね」

ああああ。
あんな真剣なディーノさんを………
雰囲気を木っ端微塵にしてくれた、彼女らには悪気はないんだ。うん。


2006.3.3 up


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