"D"
明け方の街は静かだ。
幾人もの人影がディーノのまわりをずらり囲んでいる。彼自身は町はずれの駐車場に放置されているコンクリートブロックの上に腰掛け、俯いて地面を睨んでいた。
「あんまりゆっくりしてられないって事だよな」
独り言だ。
部下達は、それが分からないほど愚かでも鈍くもなかった。ただ黙って周囲に視線を巡らせ、人気のない街を見張る。表向きは、平和な此処。
「分かった。月末には一度帰る」
思ったより時間がかかっている。
そして、予想外に居心地がいい。彼は笑ったが、それは苦笑だった。
自分を嘲笑う気持ち。
疚しさ、寂しさ。
二の足を踏む優柔不断。
「片付けておいてくれ」
コンクリートの地面に転がる数個のパーツ、さっきまで生きていたモノ。地面を夥しく濡らし、汚す醜悪な塊。汚泥を吐き散らして街を汚す。
彼は冷たい視線を向けたが、すぐに逸らして歩き出した。
ジャパニーズ・マフィア―――ヤクザ、とこっちは言うらしい。
日系の企業とも付き合いがあり、日本語も達者なディーノはその取引にあたり、完璧にビジネスのような接し方をした。
それがいけなかったのかもしれない。向こうに部下をやって2週間目で音沙汰が切れ、金がまわらなくなって裏切られたことを知った。
相手とは常に連絡が付いていたし、物腰柔らかな態度に騙された。東洋人は腹の中に獣を飼っている。感情を露わにするよりそれを飲み込み、冷たく寝首をかくのがやり方なのだ。
無論、報復は直ぐになされる筈だった。
ボスであるディーノ自身が止めるまでは。
彼は、侮られたことがどうしても放っておけなかった。部下をやられた事も。
金はなんとでもなるし儲け次第で取り戻せるが、この世界にはメンツというものがある。即刻日本へ踏み込んだ彼がその無礼な組織を殲滅し、ネットワークを乗っ取るのにそう時間はかからなかった。土台ファミリーの規模が違うのである。
しかし問題はそれだけで済まなかった。結果、周囲の別の組が縄張り争いを開始してしまったのだ。
工場や繁華街が建ち並ぶ利益の濃い地域故だった。ディーノは悩み、突飛な結論を下して部下を驚かせた。つまり、自ら残って事態の掌握に乗り出したのである。それも、力や人数を使ってではなく、あくまでも秘密裏に。
それは彼がこの地に滞在し、故郷と同じように愛しく、大事に思ったからだ。
活気のある繁華街から対極にのんびりした街。それはどちらかというと平凡なものだったが、それ故にディーノは傷つけ壊すことを怖れ、人任せにせず自分で街を守ろうと決意した。
(それに………)
彼がそのような決定をした一因には、一人の人物も絡んでいる。
その人物とは突発的事故的に出会ったのだが、その一度で十分だった。
ディーノの顔に微笑が浮かぶ。自覚がある。自分は彼に惚れているのだ。なんとしても守りたい、そんな庇護欲をそそる人物だった。
最も、本人にその自覚はない。それどころか、ディーノの想いにすら気付いていない。
(気付くワケねえか………)
なにしろ余り鋭い方とは言えず、むしろ鈍く、挙げ句男だから。
ついでに言えばディーノの方にも問題がある。何しろ彼は自他共に認める恋愛下手だった。どーでもいい大勢にはモテるのだが、気に入った本命にはフラれ続けてきた悲運の男なのである。
欲得ずくの女はあしらえても、好意を持った相手には積極的に迫れない。大事にしたい、可愛がりたい、そういう欲求と男の欲求がぶつかり合うと必ず後者が負ける。
部下もそうなのだが、とにかく自分の大事なものに弱いのだ。このディーノという男は。
どんなに容姿に恵まれようと、財力があろうと関係ない。
彼はどうしてもあと一歩を踏み出せない。
そんな状態を既に半年も続けている。いい加減、我慢も限界かと思う。
昨日とて、なんと好機にも(すまねえ!)フラれたと落ち込んでいる彼を慰めつつグデングデンに酔っぱらったところを、相手の部屋に!連れ込めたというのに………
折角、2年越し………だっけ?付き合いの彼女と切れたってのによ。
「なんもしてねえ…」
無意識に出た呟き。
ほぼ同時にディーノはねぐらに帰る足を止めた。丁度思い浮かべていた人物が自分のマンションの前に佇んでいるのを見つけたからだ。
「先生」
生憎、ディーノが今会いたい方ではない。
どちらかというと、顔も見たくない方だった。特に今、切羽詰まった顔を見てからは特に。
ちくしょう、と思う。だからアイツ昨日の態度がおかしかったのか―――と今更思い当たっても遅い。
俺の態度何処にも変な所なかったよな―――?
考え事でいっぱいで、呼びかけを無視して通り過ぎようとするディーノを小柄な女性はもう一度呼び止めて前に出た。
「ナニ?」
のんびりした反応に僅かたじろいだが、強い決意を目にためて女は。
ディーノにとっては実に月並みな言葉を口にした。
「ふうん」
常ならば。
世間様、カタギサマに迷惑をかけぬよう、やんわりとした断り文句を用意してある。相手が相手なら、気が向けば、不真面目な関係に持ち込むこともある―――が、どうしてもこの女相手だけは、そんな事は出来なかった。
「悪いけど」
ビクン、と小さな肩が揺れる。
「俺、あんたに興味無くてねェ」
ああだってだって。
アイツを大事に俺の手元で笑わせてやりたいってのと同時。出せない臆病で卑怯な俺だけどいっちょまえに欲望ってモンもある。最近目ェ閉じて十代のガキみてーにひとりでやってんだぜ、笑っちまうよな。なァ?俺、そんとき考えてンの誰のこと?誰が服めくって足開いて甘い声出してる図、思い浮かべてる?
「それじゃ」
傷ついた女を一瞥し、再び身を翻したディーノの口元の笑みは隠しきれない愉悦と自嘲に彩られていた。
エレベーターのボタンを押し、その物音を聞きながら彼は思う。結局あーゆーののせいで俺またクビになったし。これでおあいこ。
「日中なにしてりゃいいの………後、半月?限界…」
2006.3.4 up
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