ディーノさんと温泉に行く話
結局、部屋に戻って準備して出るのも馬鹿馬鹿しくなってしまって。
そのうち7時を過ぎたから、宴会場に行ってみた。もう皆揃っていたので恐縮しながら入り、なんでか知らないけど上座に着く。
「エー、それではー、我が商店街の若きホープ、沢田綱吉君の誕生日を祝しまして………」
「えええええ??!?!」
誕生日じゃないって!
大体その、若きホープってなによ。意味わかんないよ!
「………は。誕生日じゃない」
マアなんでもいいやなと仕切る判子屋のご主人は、意気揚々とビールのコップをかかげた。
「カンパイ!」
「カンパーイ!」
ど、わ。
皆一気に話し出すからスゴイ。堅苦しい挨拶なんか要らないし、皆付き合いが長いから遠慮なんてしない。話題は昼のワイドショーから雑誌からスポーツ中継、政治、なんでもありだし。
「ツナちゃん、まあ飲んで!」
「あの………皆さん忘れてるかも知れないけど一応俺みせいね」
「ビールがいやなの?別なのあげようか日本酒と焼酎あるけど」
聞いてねえ………
コップにつがれながら俺はがっくりと肩を落とす。
大体、俺達風呂に入ってもいないから浴衣じゃないし、なんだか二人だけぽつねんと普通の格好でイマイチ乗り切れないよ。
チラリとディーノさんを振り返ると、なんだか物憂げな眼差しを傾けて一人別世界のオーラを出していた。
………スンマセン。
俺達とか言ってスンマセン。
1時間後。
すっかり収拾のつかなくなった場で、主賓の筈の俺は酔っぱらいの相手と愚痴の聞き役になっていた。
息子夫婦とうまくいってない話、娘さんが悪い男にハマった話、商売のコツからゆで卵の剥き方まで。なんで。
見かねた定食屋のおくさんが、ツナちゃんまだお風呂入ってないんじゃない?最高だったわようと出してくれた。
心の底から感謝しながら、そそくさと広間を後にする。
部屋に戻る途中、そういえばディーノさんの姿が見えないなと思い当たる。アルコールが回って軽く火照った状態で俺は考える。
ディーノさん………どうしたんだろう。
ちょっと様子おかしかったよな。
同じ階にある部屋へ戻る途中、通路脇の椅子に座ってる姿を見つけた。
唇に握った拳をあてて、何やら難しい顔をしている。あ、携帯………電話中か。
俺が手をあげて向かっていくと、彼は早口のイタリア語で二言、三言しゃべって切った。お国の電話なら悪い事したな。
「あ、いえ、いいのに」
「大した用事じゃないんだぜ。それよりどうした?」
「お風呂入ろうと思って」
行きませんか?と誘うと、頷いて立ち上がる。
部屋には既に布団が敷いてあって、俺は………ディーノさんがこの丈の布団で間に合うかどうかを考えてしまった。
「このキモノってどう着るんだ?」
「浴衣ですか、ちょっと待ってくださいね」
背丈のあるディーノさんに旅館の浴衣を羽織らせる。
襟から引いて皺が寄らないよう気を付けながらのばし、
「足、開いてください。普通に立つぐらい」
これやってから着ないと歩く足幅が狭くなってしまうと、母さんから教わった。
「よいしょ」
俺は膝をついてディーノさんの高い位置にある腰で、帯を結んだ。
後は所々引っ張って形を整えれば完璧。ちゃんと勉強しといて良かった………
終わりましたよと言いながら顔を上げると、ディーノさんはカチコチに固まっている。
「ディーノさん?おーい」
「………あ、ああ」
心なしか顔の赤い彼はフラフラと扉へ向かって歩き出したので、その後ろ姿に俺は吹き出す。
「え?」
「やっぱり丈が足りないなー」
一番大きなものを用意したのだろうが、それにしても足首が出てしまっていて。
折角上はカッコイイのに………実に惜しい。
「待ってください、寒いですそのままじゃ」
「あーそうだった」
くるりと固い動きで振り向き、丹前を手にとって袖を通している。
俺はその間自分も服を脱いで浴衣を着た。姿見は女性用で体半分しか見えないけど、まあ格好なんてしかも俺のなんて誰も気にしねえや畜生。
「さ、行きますか」
「わあ!」
わあ?
相変わらず挙動不審なディーノさんを連れ、俺は露天風呂へ続く渡り廊下をうきうきと歩きだした。
「ふわー、貸し切りだ………!」
丁度夕食時に出てきたせいで、露天風呂には誰もいなかった。女男の仕切り越しにも気配はなく、これは正真正銘俺達だけ!
ディーノさんも感心したらしく、来て早々「なんで誰もいないんだ?!」とやたら驚いている。
「最高ですよね!」
「え、う」
「泊まってこそ、ですよ!この広い風呂を一人…じゃなかった二人占めできるんですから!」
「おお………」
「さあさあ」
久しぶりの大きな風呂で年甲斐もなくはしゃいだ俺は、浴衣をべらっと脱ぎ捨ててタオルを掴み、意気揚々と脱衣所を出た。
「さむっ」
流石に山間の夜は冷える。温度計は氷点下をさしている、さっさと入らないと。
脇でかけ湯をしてから足を入れると、少し熱めの湯がビリビリと痺れるような感覚を伝えてくる。
「いー湯ですよディーノさん、はやく入らないと風邪引いちゃいますよー」
思い切って腰まで入る。うーっ、熱い熱い!
けどいい湯だなあ………
じんわりと暖かさが染みてくる。風で冷えた体がこの熱さに包まれると、すごく幸せを感じるぞ………ふう。
「ディーノさん?」
流石に男同士とはいえ、人の体をじろじろ眺め回しては失礼にあたるので俺は彼がかけ湯をして湯に入る間も後ろを向いていたのだが。
いつまで経ってもハアとかフウとか息着く音が聞こえず、いたたまれなかったので振り向いた。
「う、ん」
「大丈夫ですか?」
灯りは男女の仕切りに一つだけ、提灯(つっても中は電気だけど)があるだけだ。
その黄色っぽい光に照らされたディーノさんの横顔はまだ引きつっていた。
「少し熱いかな」
「ああ…」
「でも入ってると馴染みますよ、もう少し頑張って」
「ああ…」
「これ、昼間だったら景色見えて綺麗だったろうなあ」
「………」
「………」
本当に大丈夫かよ。
俺が湯をかきわけかきわけ近づいていくと、ディーノさんはぎょっとしたように振り向いた。
「あっ………あの、人………いねーな」
「みんなゴハン食べてますよ。終わったら………来るかな?でも此処まで遠いし寒いし、もしかしたら内湯に入って寝ちゃうかもしれませんね」
自分だって、あれだけ露天風呂をプッシュされなければ此処にはわざわざ夜に来なかっただろう。面倒くさいから。
おぼろげに見える林の方を指さし、ああそこにもみじの木がありますね、秋になったら紅葉して綺麗でしょうねえと雑談をしていたら熱くなった俺はざばりと立ち上がり、縁の大岩に腰を下ろした。
バシャン!
「なんだ!?」
見ると、ディーノさんが湯の中に頭を突っ込んでいる。頭に乗せていたタオルも流れだした。
「あわわわわ」
温泉は湧きっぱなしの流しっぱなしで、溢れた湯はそのまま掘ってある側溝に流れ出てしまう。タオルも危うくその運命を辿りそうだったので、俺は咄嗟に掴んだ。
「す、すまん………」
しぼったそれを受け取りながら申し訳なさそうに言う彼は、やっぱどこかおかしい。
「熱いなら少し出た方がいいですよ。ほら、此処に座りましょう」
俺のさっきまで居た岩は、平べったくて座り心地が良かった。ディーノさんにはきっと、その隣の少し高くなってる方が色々と都合がいいと思うんだ。
主に足の長さとか………
頷いてフラフラやってきた彼は、やっぱり少しばかり顔色が赤い。
アルコールを入れた体で熱い風呂に入るのは、回るから良くない。………つっても、ディーノさんそんなに飲んでたっけ?
「ディーノさん」
呼びかけた俺はそこで初めて気付いたのだった。
彼は左手にタトゥーをしている。それまで入れ墨と言えば怖いヤのお兄さん方しか想像出来なかった俺に、初めて「ウワーカッコイー」と思わしめた………
そのタトゥー、手だけじゃなかった。腕にも入れてあって、背中にも絵柄がのびている。
「………馬?」
ぼんやりした灯りではっきりとは見えない。
ぽつり呟いた俺に、ああだかううだか珍しく煮え切らない返事をしたかと思うと、ディーノさんは見えやすいよう灯りの方向へ腕をのばしてくれた。
「かっこいいですねえ」
思わず指で触る。びくん、と腕が跳ねる。
うん、特にぼこぼこ凹凸があるわけではない(当たり前だ)。
それより俺は感心したよ。
ディーノさん、何かスポーツでもやっているのかな。すごく鍛えてあって、腕とか俺の2倍くらいあるのね。見事な上腕筋。
試しに自分のそれを添えてみるとあまりに違くて落ち込む。
肩も、しっかりした男の骨格で、貧弱な俺とは比べものにならない。
ああなるほどこういうのがモテるんかあ、と思った俺は調子に乗って前も見てみた。おお、腹筋が割れている!男の憧れだよなあ………
ぺたんとして薄っぺらい、腹筋どころかへこんでいる俺の腹に比べてなんて見栄えがするんだろう。タッパはあるし、顔はいいし、金も多分あるし。いいことずくめ?羨ましい。
顔を上げ、それを伝えようとした俺は固まった。
すごく近い距離で真剣な顔したディーノさんは、眉を寄せて、どこか痛いような表情をしていたからだ。出会って半年こんな顔は見たことがなかった。
「ツナ………」
な、なによ。なんですか。
ちょっと背筋が寒くなるようなシリアス度に俺の腰は引いたが、ディーノさんが肩を掴んで止める。
「俺、この間、さ」
え、え?
「お前の彼女に………会った」
ひくん、と喉が鳴った。
「お前が落ち込んでんの、俺のせい………だよな」
いやそりゃ違うでしょ。
何悩んでんだろうこの人、って俺は思った。
馬鹿馬鹿しい事この上ない。だってそれはカンペキ俺等の問題であって、とばっちりを食らったのはむしろディーノさん。ふざけんな迷惑かけんなバカヤロウって怒鳴られるならともかく―――
「アハハ」
思わず笑ってしまう。ぐつぐつ腹の中から笑いが湧いてきて、止まらなくなるワッハッハ。ゲタゲタ。
「ツナ?」
だってそうでしょ?俺が気にしてんの、全然違うところだもの。
「いやー、だって馬鹿みたいで」
………って聞きように寄っちゃ俺酷いよ!
「俺がね?!あ、き、気にしないでくださいよまいったなあ………」
濡れた髪が頬に張り付いている。雫を払いながらそれを耳にかけてやって、俺はもう一度笑った。
「あんまり、そういうの考えたことありません。彼女とは2年付き合ったけど………考えてみれば俺、アッサリ気にし無さ過ぎでおかしーなーと。別に悲しかないんですよ、すげー好きで告白して付き合ったワケじゃないからかな…」
俺が気になってたのはあいつの気持ちがどっか行ったこととかじゃなかったんだ。
「彼女にフラれた直後、ディーノさん来るんだもん笑いましたよ。あの時だって俺あなたに腹立てた事なんかないです、すねはしましたけど。ずーっと、彼女に怒ってました。あとディーノさんに失礼したんじゃないかと思ってハラハラしたり、ね」
失礼、したんだろうなあ。
「その事に関しては謝ります、ゴメンナサイ」
ぺこっと頭を下げると、ディーノさんは分からないって顔してた。
いやそうだろうなあ。俺も未だに分かんないよ。
暗い雰囲気を飛ばすつもりで、俺は冗談めかしていった。
「多分俺、彼女よりディーノさんのが好きなんでしょうね。ディーノさん優しいし!楽しいしかっこいいし―――」
う、わあ。
言ってる途中で腕がまわってきて驚いた。
さ、流石イタリア人!
感情表現豊か!
日本人の薄味リアクションに慣れきった身には少々照れくさいけど、まあ、嬉しい。
しばらく裸で(なんだこれこの状況)抱擁が静かに解かれる。少し斜めに傾けたディーノさんの顔が、灯りに照らされて一種妖しい気配すら漂わせている。
うう………
いたたまれん………
二度も言うようだけど俺は日本人………わーわわわ!!!!
ふわっと重なってきた唇が!俺の、口に!うわああ!
「ディディディ、ディ」
ってなんの鳴き声だこれ。
が、外国映画とかでも、あ、あるもんな!親愛の情って、オッサン同士がキスしてんじゃん頬やら手やらに。きっとそれだ!その行きすぎたやつ!
俺はぎゅっと目を瞑る。その間も、唇やら瞼やら頬やらまた唇やらにちゅ、ちゅ、と音がしていく。
わあ、ディーノさん、それはちょっとやりすぎでしょう………俺いい加減恥ずかしいですよヤメテー!
カチコチに身を強張らせていたら、腰を掴まれてひょいと岩の上に上げられた。
平べったい広い石に背中が。
っていうか、俺押し倒されてませんか。
「ツナ…」
「あのうディーノさんこれはちょっとその」
かざした俺の手をふいと避けて、ディーノさんは首筋に顔を埋めた。
ひゃああああ。
お、おれそこ弱いんだよう!
「わ…あっ!」
肩を竦めてヒイヒイ言っていると、彼は少し顔を上げて俺の手を掴んだ。両手を、纏めて、タトゥーをしている左手が掴んで………それに、
「………、………」
ちゅ、と濡れた音を立てて口付ける。合間に喋っていたのは多分イタリア語。
さっぱりわからーん!!!!!
どーしろと!もーどーしろと!!
パニクってわたわたと暴れる俺をさりげなくやんわり押さえ込み、ディーノさんは何か言っている。
のだが、イタリア語なのでサッパリわからない。
その上、目が、目が。あの色の淡いキレーなおめめがですね、俺の真ん前で視線固定して甘ったるい空気と何か必殺光線出しながら迫ってるわけでして、ハイ。
………無理。
逆らえない、そう認識した途端俺の体はくたんと力を抜いた。
「………」
ウン、ディーノさん。
すんごい熱入れて喋ってるのは分かるんだけど、俺全然わかんないから頼むから日本語で………
喋られたら、それはそれで困りそうな気もする!
どうしようどうしよう、考えている間に状況はいよいよ抜き差しならなくなってきた。
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