ディーノさんと温泉に行く話
目が覚めたら、真っ暗だった。
シンと静まりかえった中に、暖房の音がする。部屋の中だなっていうのは夜目がきいて天井見えてくる前に分かった。
寝苦しい。
ぼんやりした頭で寝返りを打とうとした俺は、気付いた。
体、痛い。
っていうか、動かない………ぞ?
それもその筈。俺の体はしっかりした二本の腕で完全に固定されてしまい、藻掻こうが暴れようが出られないようになっていた。
徐々に記憶が戻ってきた俺が恐る恐る顔を上げると、そこにはスヤスヤと安らかな寝息を立てるディーノさんの顔が。
「………」
思わず憎らしくなって、俺は手を伸ばした。その高い鼻の前に指を思いっきりべしっと弾いてやる。
「んっ…」
無意識に眉を顰めたディーノさんに俺は何故か盛大に慌て、小心者なので寝たふりなどしてしまった………が考えれば、被害者は俺なので別に起きて睨んでたっていいじゃんよ。
そう思って再度顔をあげたのに、彼はまだ眠ったままだった。
案外、鈍い人だなあ………
呆れていたら、なにやらもぐもぐしたディーノさん、思いっきり力任せに俺をギュウしたので
「いででででっ」
馬鹿力ー!痛いー!
体の痛い(特に腰とか尻とか)俺にトドメを刺すつもりか!っていうような地獄の抱擁だった。
くっそー!
涙目で睨む。手足は前よりずっと力強く抱き込まれてしまったので、それぐらいしか出来なかったのだ。
俺の肩口に顔を埋めて、ディーノさんはぶつぶつ寝言を言っていた。
「………ツナ」
「はいっ!」
お、思わずイイ返事しちゃったよ!
なん………かつくづく恥ずかしい人だなあ………
いたたまれなくなった俺はもう考えるのも馬鹿らしくて、もう一度目を閉じて眠ってしまった。
翌朝。
むっつりと黙り込んだ俺の様子をビクビクと伺いつつ、ディーノさんが使う箸の下手さ加減と言ったら………
具合が悪いので部屋にお願いします、という勝手な申し出に快く応じてくれた旅館さんに感謝。俺は歩くどころか立ち上がるのも危うい状態で、腰、ガクガクだった。
仲居さんが置いてくれた膳を横に、まだ布団の中で、座布団を背中にあてて黙々と端を動かす俺。
最後におしんこをぱりぱり食って終わった俺は、きっちり箸を揃えて置いて彼に向き直った。
「ディーノさん」
「はいっ」
ピシ、と背筋を伸ばして正座している。
なんだかやたらお行儀良くしてて、少し可笑しかった。
ほんとはあまり怒ってない。
「そんななる前に、なんとか出来なかったんですか」
「ごめん、ツナ………」
「そりゃ、はっきり断らなかった俺も俺ですけどね………こんな痛い思いするんだったら絶対ウンなんていいませんよ」
「はい………」
「何事も限度ってものがあるでしょうが」
まったく。
しゅーんしゅーんとしてるその愁傷な顔が無ければ、幾ら温厚な俺でも怒鳴り散らしてる痛さだよ、これは。テテ…
「そ、そりゃあいっぱいまとわりつかれてうっとーしーのは分か………想像つきますけ、ど!にしたって、俺なんか使わないでも良かったんじゃないでしょうか」
「………」
「他にもっと、大人な関係築ける大人な女性とかって………」
「ちょっと待ってくれツナ!」
がばあ!とディーノさんが立ち上がった瞬間、膳のものが全部ひっくり返った。
(それから2分ほど、二人で黙々とそれを片付けた)
「………でさっきの話だけど!」
「ほら危ないですよディーノさん!」
今度は食後のお茶までも零しそうになって、俺は慌てて彼を止める。
「スマン………とにかく、話を聞いてくれっ!」
「はあ」
なんだなんだ血管切れそうな必死さだ。
俺は布団の上で丹前を羽織りながら、昨日彼が着付けてくれたらしい、逆になった(俺、死んでるじゃん)浴衣のまえみごろをあわせた。
「どうぞ」
「っ………」
ナニヨ。
自分で言った癖に真っ赤な顔色で詰まってる。
「ディーノさん?」
「うわあああもう!」
突然叫びだしたディーノさんは、俺の手をまとめてがしっと掴んで叫ぶ。
「俺はっ………遊びとか使うとかそんなんじゃなくて!昨日はっ………ツナに告白したんだ!」
「ほー………」
………
………
………
「へ、ええええええ?!?」
「前から、好きだったんだよっ!会ったときからずっと………だからそれを………」
言ったんだけど、モゴモゴ、と口ごもる。
「ディーノさん………俺、イタリア語分かんないですよ」
「そうだよなァ………」
俺テンパると何がなんだか分かんなくなっちまって。
昨日なんて予定、無かったのに、ツナに彼女の事謝っておこうってそれだけ考えてたのに。
風呂行ったら誰もいねーから焦った焦った………
もたもたと、情けない様子で言い募る彼は俺よりも年下、子供みたいに幼く見える。
「で、なんか、歯止め効かなくなっちまって」
「この通り、ですか」
「スマン!」
「痛いけど。すっごく痛いですけど」
「悪かったっ…!」
近い場所で精一杯、目を瞑って必死に謝る。
ディーノさんの心境がジワジワと伝わってきて、俺は―――
やっぱりいたたまれなくなる。
「けど、さっき言ったことは本当だ。ツナが好きなんだ。だから…」
目を見張る俺の前で、ディーノさんは突然両手を着き、正座の体勢のまま、がばりと勢い良く土下座をした。
「付き合ってくれ!!」
あーそんな。まさか。
俺は呆然とその光景を見つめ、やがて耐えきれなくなって笑い出す。なんだ。
結局、そういう、ことだったのね。
ケタケタ笑い続ける俺を心配そうな面もちで伺っているディーノさんに、手を伸ばす。
ずりずりと尻を寄せて近くまできて、手を取ってくれる。
だから、言った。
「なにもあなたが土下座してお願いすること、ないじゃないですか………」
きょとんとする彼はきっと、以前酔っぱらって叫んだ俺の台詞をすっかり忘れているに違いない。
2006.3.4 up
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