ディーノさんと里帰りする話
「里帰り?」
なんですかちょっと突然聞いてませんようと慌てる姿を見て、ふにゃらと砕けた。
部下が見たら度肝を抜くデレデレぶりだが、人生の春を謳歌するディーノに取っては極当然の反応だった。
「っつことはイタリアですか?え、どれくらい………」
「今回は2週間で帰ってくる」
「2週間も?!」
明らかにショックを受けた顔つきで、手元の花を弄るツナにもうとろけそうな笑みで「寂しいか?」と続けたディーノは
「そりゃ寂しいですよ!折角よく食べる子が来てくれて嬉しいわーとかって母さん、張り切ってるのに」
「………」
微妙に自分の期待と外れた返事に苦笑した。
前よりももっと沢田家へ入り浸っているディーノは、店の雑用をしながら日々を過ごしている。主に力仕事、接客など。
元々此方の仕事のカモフラージュ用の就職だったもので、適当に時間を潰せれば何でも良かったのだが、こうして仕事をしながらずっとやっと出来た恋人と過ごせる幸せに、彼の笑顔は前にも増してキラキラ度を増している。その当人に「ちょっとディーノさん少し抑えて!あそこの人破産するほど家の商品買ってますよ!」と注意を受ける程だった。
それを聞いてディーノはなんて優しいんだツナは、と感激したが、リアリストな彼の恋人は変に訴訟でも起こされたら厄介だという実に現実的な理由からその注意をしているのである。
「それじゃ、色々準備しないといけないんじゃ………」
今もツナはディーノの、日常生活における致命的な能力の無さにハラハラしている。
この男が旅行用に荷物を詰めたり、家の戸締まりガスの元栓を締める、なんて、十分満足に(安全に!)出来るわけがないと思っている。
それはそれでとても失礼だが、当たらずとも遠からずなのが悲しい。
「いや、そりゃいいんだ。元々家はあっちだし」
「はあそうですか」
「で、その…」
俯いて、もごもごと煮え切らないリアクションで恥じらう二十代の青年、という図は普通なら気色が悪いだろう。
しかし抜群に容姿に恵まれているディーノがすると、しっくりはまってしまうから不思議だ。
ツナはあんぐりと口を開け、次の言葉をまった。
「ツナも………いかね?」
「えっイタリアですか?!イタリア、ですよね??」
「パスポート、あるんだろ?」
そりゃあ。
コクリと頷いたツナは、数年前商店街がフンパツして言った、ハワイ旅行を思い出して遠い目をした。
海は綺麗だったがおばちゃんたちが大暴れし、土産物屋でも大暴れし、迷子なども出てツアーコンダクターと一緒になって大変苦労をしたのを思い出したのである。
「でもお店が………」
「あ、そっか」
ゴメンナサイ、と遠慮がちに謝るツナは、一応花屋の主な従業員だった。
と言っても母親と彼二人に、作業を巧みに制限されたバイトのディーノという小さな店だったが。
「そのことだけどねえ」
「わっ」
店先でウンウン唸る息子と王子様に、ツナの母、奈々がひょこりと顔を出した。
「たまにはいいわよ、行ってらっしゃいよ」
「たまにっていうかこの間も俺………」
「あれは違うでしょ。ツナも、同年代くらいの子と遊びたいでしょう」
同年代………
ツナは18、ディーノは二十代である。微妙に申し訳ない顔をして見上げると、
「………」
にこーっと笑ったディーノの顔があった。
ああ、全然、気にしてない。
っていうか多分聞いてないな………
「でも2週間だよ」
「そりゃ俺はそうだけど、ツナは都合に合わせていつでも帰ってきて良いんだぜ護衛も付けるし」
「護衛?」
「いや、付き添い」
ニコニコ。ニコニコ。
「で、でも………」
「イタリアなんてステキじゃない!母さんも一度は行ってみたい場所よ」
「ご都合よろしければいつでもどうぞ」
「あらそんな〜」
なんだか二人で盛り上がってしまっている。
ツナは呆然としていたが、ふと此方を向いたディーノの切なげな目に出会って「うっ」と呻いた。
「ツナ………」
(うわーそれヤメテー………弱いんだからさ!)
「………駄目か?」
「えーとそれはそのう」
結局。
母親とディーノのタッグに押し切られる形で、ツナは頷いてしまった。
店は教室の元生徒さんがアルバイトに入ってくれるそうよ、と奈々が手配してくれたので幾分か安心は出来たが、なんとなく流されてしまった感がツナの不安を煽るのかも知れない。
「空港まで」
「ハイ」
タクシーに乗り込む時に、ツナは頼りなげな小さな鞄を一つ見た。
ディーノに至っては財布とチケットだけ持って殆ど手ぶら。自分も、「そんな大荷物要らねえよ!不自由はさせねー」と押し切られ、下着を数枚入れた小荷物だけできている。
大丈夫だろうか。
「ディーノさんのおうち、どんなですか?」
「うん、まあ、人は多いな」
「大きなうちですか?!」
「それなりにな」
ツナはディーノの家族構成や、その事情など全く知らない。
母親に持たされたささやかな日本土産を、気に入ってくれるといいのだけど。
「飛行機、大丈夫か?」
「離着陸時のホラ、ぐいんってなる時がちょっと………後は大丈夫」
カワイー!
ぎゅうっと抱き込まれてツナは焦った。ディーノはたまに、というかしょっちゅう、こうして過度なスキンシップを図ってくる。最初に比べて大分慣れたが、こうして人目のあるところではちょっと困る事もある。
「ぐええ」
しかも、馬鹿力なので地味に苦しい。
空港に着くと、ディーノはぐるりと辺りを見回した。
何をしているのだろうと思ったら、わらわらと正面から黒服、ガタイのいい男達がやってくる。
明らかに普通の人ではない気配にツナは怯えたが、その集団を纏めていたらしい外国人の(ディーノと同じイタリアだろうか?)ばかでかいおっさんが丁寧に一礼したのでぎょっとした。
「………、………」
「………」
またイタリア語………
いい加減、覚えないとおいてけぼりでなんか寂しいぜ。
ツナは思ったが、もし会話の内容が分かったら気の小さい彼などは心配でふっとんでしまうに違いない。
「………分かった」
男はディーノの部下、黒服の集団はディーノが最近仕切っているジャパニーズ・マフィアの構成員達である。話も少々血生臭いものばかり。
ディーノが日本を空ける間、仕事を進めておけという指示であった。
「それじゃあな」
「「「いってらっしゃいませええええ!!!」」」
びくん。
空港の真ん中でものすごい送られ方をしたディーノは、震え上がっているツナの肩を抱いてスタスタと歩き出した。上機嫌で。
機内でツナは生まれて初めてファーストクラスに案内され、前後の状況を思い軽くビビリながらも、ディーノが手ずから渡してくれるシャンパンに庶民のツッコミを入れたりして過ごしていた。
「ディーノさん、俺自分で持てますから」
「いいじゃねえか、させろよ。向こう着いたら二人っきりになれる時間もなかなか無いしなぁ………」
なんでもかんでも手取り足取り、ベタベタベタベタ。
ディーノの事は好きだから嫌ではないのだけれど、地味を愛する日本人であるツナには少々つらい。客室乗務員がチラチラと寄越す視線も、耐え難い。
「ツナ、口あけて」
「〜〜〜!!」
いっそ皿ごと食ってやろうか。
むっとした顔で睨み付けると、ディーノは悪い悪いと言ってその時だけは手を離す。
けれどまた、ツナが窓の外の景色を見て、前の画面を見て、ん?
気付くとまたニコニコ顔で手を握っていたりするのである。
(こんな人だったのかあ………)
以前の商売柄、もしくは女を扱う手慣れた様子からツナは勝手にディーノを「そういう」人間だと思っていたのだが、これが全然違った。
冷めている所か熱くて敵わないし、手慣れている所かキス一つにも顔を赤く染めて「…いいか?」と聞いてくる丁寧さ。
その微妙な間がまたもんのすごいオーラを出しているので、もしやこれは作戦かとツナは身構えたが、考えてみれば作戦など彼に必要な訳がない。これは素であるらしかった。
(かわ、いい………かな?)
スカしたやつには反感しか抱かないツナだったが、縋るような態度でこられればアワアワ言いながらも絆されてしまう。
ええ、うええ言いながらも結局ディーノの申し出に頷いてしまったのは、それが要因だった。
2006.3.5 up
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