ディーノさんと里帰りする話

 

向こうに着いたら、それはそれで大変だった。
ディーノが姿を見せるやいなや、またもやってきた黒服の集団がわらわらと集まって―――唖然としているツナの前で口々に、多分、おかえりなさいの挨拶をして。
驚いて固まっているツナの顔を覗き込み、沈黙して、それから一斉に喋り出したからだ。
「えー、えー」
冷や汗をかきながらディーノを見ても、にこにこしているだけで一向に訳してくれない。
そのうち、一人がおずおずと言った感じでツナの前に進み出、カタコトの日本語で言った。

「ドウカ、ボス、ヨロ、シク!オネガイシマスネー」
「は、はあ」

返事をしてから気付いた。ヨロシクオネガイシマスネー?それって………
「ディ、ディ、ディ、」
「ん?」
「ディーノさんあなた俺のことなんて紹介したんですか!」
「そりゃあ………」
何故そこで照れる!!!!
ツナは真っ赤になっているディーノとは対照的な青い顔色でヒイフウした。
「ひ、非常識ですよ!大体この人たちは誰ですか?!こんな大勢、おじさんがいるんですかディーノさんは!ディーノさん………」
ツナは恐る恐る、目線を上向ける。
「今ボスとかって呼ばれてませんでした?」
「あーそーだっけ?」
あさっての方向を向きながらしらばっくれる。
その態度にツナはますます不安を煽られたのだが、やがてその黒服の集団の先陣を切って歩き出したディーノにひきずられ、彼の車だとか言う、やたら長い………
「リムジンじゃないですかああああ!!!!」
「そーだけど」
「そーだけど、じゃないですよ!そんな!」
頭を抱えて騒ぐツナはもう大パニックだ。

確かにディーノは金に不自由はしていなさそうだった。バイト代も要らないと言ってツナと奈々を呆れさせた。(勿論払っている)
マンションも、高そうな外車も、彼の生活を象徴するかのように物が良い。
けれどそれは精々―――家が商売をしているとか、そういう程度の想像でしかなかったのだ。これでは………
「社長………とか」
「おう。そういうのも、幾つかしてるな」
「幾つかァ?!」
「一々覚えてらんねえよォ」
「覚えてらんねえ?!?!」
一体どれだけの人なのかと、ツナは泣きそうになってきた。
彼はのほーんとしている、失敗ばっかりのディーノに(絆され)付き合いを許したのであり、そんな忘れるくらい多くの会社を経営する社長なんて、
(正直関わりを持つのもご遠慮申し上げたい………)
商店街で育ったツナにとって、大会社の社長とか規模の大きい商売をしている所は常にライバルだった。あまりいい印象を抱いていない。
単なる貧乏人のひがみとも取れる反応だが………

「まあ、そんな細かいことはおいといて」
細かくは全然ないのだが、ディーノにとっては些末だった。
「どこか、見たいところあるか?ツナの好きなところに寄るぞ」
「えっ………あ、いや………」
蒼白な顔色で思い悩むツナ。
端から見ても、とても具合悪そうである。ディーノは慌てて介抱しようと色々手を尽くしたが、その様子は身重の妻を心配する夫のようで実に頼りない。
焦ってわたわたするボスを部下が目をひんむいてみている。
「ツナ?!大丈夫か!」
「ん………」
「お前らァァァ!!」
手を取られたツナが飛び上がるほど迫力のあるイタリア語の怒声が、ディーノの口から飛び出した。
「全速力で屋敷につけてくれ!」
「はいぃ!」





「………はあ」
一人ため息をついていたツナは、自分の居る広大な庭を見渡して更に重いため息をつく。
(ディーノさん…)
「向こう着いたら二人っきりになれる時間もなかなか無い」の言葉通り、実家(家、というか城だった。ツナは気絶寸前になった)に帰ってきた彼は、使用人らしい立派な初老の紳士、大勢の会社の人………?に大きな部屋へ詰め込まれ、「すまんツナすぐ戻ってくるからー!わー!」という声を残してかれこれ3時間消えたままだ。
後で出てきた執事さんに英語で話しかけられ、なんとかかんとか意味を理解して返事して、今ツナは庭の散策中である。
ディーノの家もとい城には、それに見合うだけの広大な敷地、そしてよく手入れのされた庭があった。一応、家が花屋をしているツナは家の中に居るよりそれを見ている方が気が休まると思い、ありがたく申し出を受けた。
その際、案内を付けると言われたが、言葉も通じないし気詰まりなので断った。

一人プラプラしながらツナは悩んでいた。
勿論、ディーノとの事である。自分が想像していたよりもっともっと重要人物のようなディーノに、彼は少なからぬ戸惑いを感じていた。

あんな生活をしている彼に、沢田家の食事は舌に合ったのだろうか。
(ああでもそういえば、家に食べに来る前も定食屋に入り浸りだっけ。これはいいな)

幾つも会社を経営しているような彼に、花屋のバイトをさせてしまった。
(楽しそうだったから、まあいいか)

あんな彼と自分は、やっていけるだろうか―――
(………)

「ただでさえ…」
男同士なのに。
ツナは常に現実主義者だった。優しい恋人への思いだけで世の中渡っていけないことなど百も承知である、特に相手が立場ある人間ならばそれは―――
(ディーノさんが良くても、事情ってものがあるだろうし)

ウンウン唸りながら歩く、歩く、歩く。
普段からチョコマカと店を切り盛りしている彼の足は自然とまっすぐどんどん進んでしまい、
「………あれ」
気がつくとだだっ広い庭で迷子になっていた。
「どーしよー!!」
半泣きになりながら生け垣の脇を走り、突き当たった角で右と左の選択に頭を抱える。
巨大な迷路のように入り組んだ、ツナの背丈よりも高い生け垣に苦戦である。





おろおろしながらその辺りをぐるぐる回っていると、不意に目の前を黒い影が過ぎった。
(人?)
「待って!」
思わず声をかけながら、その影を追い掛ける。生け垣の緑を曲がるとそれは―――ちゃんと居た。目の錯覚などではなかった。
「あの―――」
ツナが口ごもったのは、ツナの声に合わせくるりと振り返ったのが幼い少年だったからではない。

6、7歳ぐらいだろうか。
大きな猫のような目がツナを見上げている。小さいのに顔の造作がまるで大人のように整っており、束の間見惚れてしまう。
その表情だけでも普通の、その辺のハナタレのガキとは十分違っている。口元は固く引き結ばれ、人形のような無表情さがくいと傾けられた首でひとすじ、何かが混じった。

嘲笑だ。

ツナは戸惑う。それはこんな幼い少年に相応しいものではなかったし、彼の格好と言えば全身黒ずくめだった。しかも、スーツなのだ。大人のような黒のスーツに、黒いネクタイ。黒い革靴。
極めつけ、手元に洒落た帽子を持っているがそれも黒。

「ブオン、ジョルノ?」
辿々しい挨拶に今度こそ少年は正真正銘馬鹿にした笑いを浮かべた。ハッ。
気のせいか鼻で笑われたような音までする。
「ねえ」
「迷ったのか」
少年期の高音を程良く抑えた、耳に心地よい声だった。
完璧な日本語にツナはへなりと腰を抜かした。安心しすぎて。
「良かったァ………よォ」
緑の芝生にぺたりと座り、顔を手で覆ってフヒイだか息をついているツナを、少年は黙って見ている。
気を取り直して話しかけた。
「そうなんだけど、君、出口知らない?」
「………」
フイと顔を背け、彼は歩き出した。それはなんて無愛想なガキだとツナの印象を著しくおとしめたが、やがて辿り着いた場所にそれは木っ端微塵になった。

「うわ………あ!」
それは薔薇のあずまやだった。
ツナの知っている品種も知らないものも、まるで零れるが如く咲き乱れている。
余りに見事なので思わず走って寄ってしまったが、勿論花に手は触れない。基本的に商売モンという意識が働く故だ。
あずまやの中心によく磨き込まれたテーブルと椅子がある。
少年はそこへ座り、静かにツナへ視線を据えている。やがて、口を開いた。
「気に入った?」
「気に入るも何も………すごい、よ」
「何が」
ツナもまた彼に向き直り、自分の横の花を指さす。
「すごい。この品種をこれだけ、この数、野外で咲かせるなんて」
花屋の立場から言って、これは芸術の域だ。
「薔薇って結構丈夫でね、一年中咲いてくれるのもあるし楽しむには手頃なんだけど―――こんな見事なのは専門の薔薇園でも見たことないよ。もうこのまま、切り花で市場に出せそうじゃないか。温室ならともかく外でさ………」
ツナの手は自動的に枯れた葉やゴミをとりわけ、チョイチョイと摘んでいく。花屋の習性である。
「きっと、庭師さんが端正込めて丁寧に世話してあげてるんだね」
ツナはしゃがみ込み、茎と根元の様子を確かめた。
等間隔に植えられ、土もきっと配合は特殊なのだろう。水はけや成分の度合いの調合はきっと秘密秘伝だ。

「俺は花はわからん」
「そうなの?………まあ、男の子だものな。俺だって花屋じゃなかったら欠片も興味持たないよ?食えないとかって言ってさ」
現に言っていた。仕事にするまでは。
苦笑いするツナを、少年は少しばかり驚いた顔で見ていた。
そうしていると年相応に見える。親戚の子なのかな、なんて軽い気持ちでツナは笑いかけた。その時だった。
遠く、ディーノが呼ぶ声がした。

「ディーノさあああんー!」
思いっきり叫んでぴょんぴょん飛び跳ねる。
分からないかと思ってやったが、少々子供っぽかったろうか。金色の頭がこっちへ向かってくるのを確かめ、ツナは少年に向き直った。


2006.3.6 up


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