同僚と付き合い
「あのさあ………」
そらきた。
スクアーロは無言で警戒するような視線をやった。
最近妻が3階の奥さんから余計な知識を仕入れてきたり、向かいの棟の詮索好きのオバサンから旦那の職業を聞かれたりと、些末で煩わされる事が多い。
スクアーロの長髪のせいで音楽関係の仕事をしているの?と聞かれ、ツナがテキトーにあーえー言ってたら、トップバンドを目指して10年、結婚もしているのに未だバックでしかギターを鳴らせない可哀想な外国人ギタリストという妙な設定が団地を席巻したため、輸入業とそれに付随するトラブル対処(実のところ暗殺)と教え込んだが、本当の所が伝わる可能性は限りなく低い。
「………なんだ」
夕食後、自分で煎れた茶を啜りながら返事をすると、妻は相変わらずぼーっとした口調で言った。
「ウチに会社の人呼ばないの?」
「ぶべっ!」
思わず熱い茶を吹いてしまう。なんだって?
「昨日隣が騒がしかったじゃん。今朝方奥さんが言ってたんだ、旦那の会社の同僚が押し掛けてきて大変だった、って」
「それで」
「ウチは来た事無いなーって言ったら、羨ましいってさ」
それならそれでいいじゃねえか。
オレの会社の同僚なんぞ呼んだら、騒がしいだけですまねえんだぞぉぉ………
「良かったな」
「良くないよ。だってそれ、妻の仕事だって言うんだよ」
「あぁ………」
ツナがどんな風にご近所に映っているのかは知らないし、興味もないが、夫婦二人で子供も居ず、好き勝手やっているように(実際そうなのだが)見えるのだろう。
女同士の嫉妬という感情はスクアーロには計り知れないが、ツナの方はもっと分かっていないに違いない。こんな風に、まともにとるのだから。
「気にすんな。オレんトコは特殊だ」
「でも………何か心配だよ。結婚してから一度もそういう事無いじゃん。苛められてんじゃねーの?」
「ごべふっ!!」
鋭い指摘にスクアーロの顔は引きつった。
「ンなことあるわけねーだろぉぉ!?分かった、連れてくりゃいいんだなぁぁ!」
「え、連れて来てくれるのやったー」
「で、ここがオレん家だぜぇ…」
「へえ………本当に団地に住んでるんだね」
会社の中では唯一マトモと言える経理係マーモンを連れてきたスクアーロは、「おかえりなさ〜い」と出迎えた妻の格好に仰天した。
「どうした、何があったぁぁ!」
「え、何が?」
「顔も洗ってあるし服もよそいき!なんだ明日は槍が降ってくるのかぁぁ?!?」
「シツレーな。流石の俺もお客様が来るときぐらいはちゃんと………出来る」
筈。
途中で何かを思いだしたらしいツナは、帰宅したばかりの旦那を引きずって台所に連れて行った。
「ちょっと失敗した」
「うぉぉぉ!」
やっぱり。こういうオチ付きか。
がっくりと頭を下げてスクアーロは黒こげになった魚を摘み上げ、ゴミに捨てた。
「もういいから………お前は其処に座っとけ」
「うん」
「じゃねえ、客を居間に案内しろ」
「うん」
「………やっぱいい!おいマーモン、こっちだぞぉ!」
「はいはい」
のっそりと入ってきた同僚は目深にフードを被り、顔の半分を隠した異様な風体だが、
「いらっしゃいませー」
外見普通でも中身が異様な妻に比べれば、大分マトモであった。
「初めまして。旦那さんはいつもお世話してます」
「うぉぉい!」
そういう時はお世辞でもお世話になってます、だろうがぁとスクアーロは吠えたが、ツナは全然気にしていなかった。
そうだろうと思っていたのだ。
「どーもどーも」と軽い調子で挨拶すると、そこはちゃんと手をそろえてお辞儀して、「ツナです」と自己紹介をする。
「かわいい奥さんじゃないか。良かったねスクアーロ」
「………まあな」
「間違ってもベルやボスを家に呼んだら駄目だよ」
「肝に銘じておくぜぇ」
キョトンとしているツナは分かっていないが、同僚と上司は世間的な基準からしても超弩級の人非人なので、世間知らずの箱入り娘妻を会わせられる人物ではない。
簡単なツマミでいいと言っておいた通り、なんとか数品をこなしていたツナをこっそり台所で褒めてやりながら、居間に運ぶ。
ツナも箸や酒やコップ、ひっくり返しても大丈夫な物を持って旦那に続く。
「座って座って」
「はいはい」
マーモンの腕を掴んで座らせながら(この辺がまだまだ子供だ)ツナは嬉しそうにうふふと笑った。
「良かったぁ………うちの旦那、ちゃんと仕事してるんだ!」
「ああ、してるよ。スクアーロは頑張っているね」
「うんうん、良かったねえ」
「………」
お前はオレの事を何だと思っているんだぁ、と聞きたいが、なんだかとても嬉しそうなので黙っておく。
ツナはニコニコとコップを手に取ると、旦那に向かって突き出した。
「はい」
「オレが注ぐのかよ!」
「あっ」
「自分で教えてくれっつったろーがぁ!言うならちゃんと覚えとけ!」
「そうだった…」
ツナはビール瓶の栓を抜くため、栓抜きを手に取った。
緊張の一瞬である。
実はツナ、今までビールの栓抜きに成功した試しがない。いつもシャンパンのように溢れ出るか、瓶ごとひっくり返ってビールまみれになるかである。
「………よし!」
「待て待て待てオレがやる」
「なんだよ!邪魔すんなよ!」
「邪魔じゃねえよ、手伝ってやろうっつってんだ」
気合いを入れる余りビール瓶を握りしめた妻の顔に不吉な物を感じ取ったスクアーロは、後に回って手を添えた。
「「せーの」」
ポンッ。
「あ、開いた!」
「開いたな!」
「わーやったー!」
「お前は良くやったぜぇ」
「………」
マーモンはこの夫婦頭がおかしいんじゃないだろうか、という顔をして見ているが、二人はビール瓶を開けた喜びに満ちていて全然気付かない。
これはノロケなのだろうか。
それとも素なのか………どちらにしろ痛い夫婦だな、とクールなマーモンは断定じた。
「わーい、さあ注ぐぞ〜」
「うわああやめろ傾けすぎだこぼれるこぼれる!」
マーモンが持っているグラスから20センチも離れた所にビールを注ごうとしたツナを、スクアーロは慌てて補佐した。
「出来るって!」
「いやお前明らかに角度キツいだろうがぁ!ちょっ、もういっぱいだから!な!」
「つまんない………」
「おもしろさを追求するんじゃねぇぇ!」
おおわらわである。
―――会社でも家でも貧乏くじは変わらないんだな。
訪れて20分で早くもスクアーロの夫婦生活の全貌が見えてきたマーモンは、可哀想な物を見る目で同僚を見るのだった。
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