迫り来る危機・その1

 

 野球観戦に行きたい、と言い出した妻について、スクアーロは歓声響くドーム球場にやってきた。
 超インドア派のツナだったが、シーズンが始まると毎夕食時間プロ野球を欠かさず見ている。一昨年ドラフトを騒がせた球界の寵児、山本武を応援しているのだ。
 ドラフト一位で球界一の人気球団に入団し、その熾烈な一軍争いにも勝ち抜いてすっかりお茶の間のヒーローとなっている。精悍で爽やかな容姿から、カレンダーの売り上げは入団一年目から先輩方を抜いてトップに躍り出、CMや写真集の誘いがひけをとらないという超人気選手だ。
 野球の方はと言うと、打って良し守って良しの万能プレーヤー………
 アイドル選手に夢中になっているのなら、旦那のスクアーロとて面白くないだろう。しかし山本はツナの元クラスメイトである、同級生の活躍をまるで自分の事のように喜んでいる妻を見て、スクアーロは微笑ましい気持ちになっていた。
「がんばれー山本ぉー!」
 ツナの声援が届いた訳ではないだろうが、その日の山本は最高のプレーを見せた。
 打席に立てば必ずヒット、ヒット、ヒットの嵐。これでは4番打者も顔負け、というような活躍に加え、最終回ではセンターへ飛んだ長打をダイビングキャッチ。そのままホームベースに返す強肩ぶりを見せつけた。
 飛び出した同点のランナーアウトで試合終了。
 センターで山本がガッツポーズを取った。
 わああああっ。響き渡る歓声。
ツナも手を叩いて喜び、隣の旦那にハイタッチしてぴょんぴょん跳ねる。隣の中年男性から娘さんですか、と聞かれスクアーロは「妻です」と真顔で返しておいた。

 お立ち台にあがり、ヒーローインタビューの時間である。
 丁度いい席で、ツナは立ち上がり固唾をのんで山本を見守り、発言に手を叩いたりしていた。
『応援してくれてありがとな!』
 わあっと甲高い悲鳴が上がる。客席に近づいてきた山本が、プレゼントされたぬいぐるみを振っているのだ。
 我先にと駆け寄る野球少年、若い女性、男性客もわいわいとフェンスに齧り付く。
「山本ォー!」
「キャアア山本くーん!!」
 カッコイー、だのきゃー、だのという悲鳴に圧倒されたかのような顔をしていたツナは、隣の旦那を見て「山本、中学の時からこうだったんだよ」と苦笑している。
「やまもとー!」
 ツナも声を出し、フェンス越しの同級生に向かって手を振った。その時。
 ビュッと音がしてボスン、ツナの手に何かが降ってきた。
 詰めかけていたファンを軽く乗り越え、ツナの手へぬいぐるみが収まったのだ。はっとしてグラウンドを見ると、山本がツナを向いて大きく手を振っていた。

 ………ような気がしたが、他にも客は大勢居た、分からない。
 とりあえずぬいぐるみを抱いてご満悦の妻を、羨ましげに見ている小学生や若い女性の集団から庇うようにしてスクアーロは観客席を出た。
「凄かったね!」
「あぁ、良かったなぁ」
「うん!」
 球団キャラクターのぬいぐるみをそっと鞄に仕舞おうとしたツナは、「アレ?」と声を上げ明るい電灯の下へ走った。
「どうしたぁ?」
「リボンに何か………あっ、コレ山本の字だ!」
 其処には走り書きで『控え室』と書いてあった。





 待っていたのだろう。
 ツナがひょっこり顔を出すと人でごった返す通路奥から、山本が出てきた。
「ツナ!来てくれてたのなー」
「山本ー!」
 球界の寵児は駆け寄るなり、ツナを抱きすくめてクルクル回した。
「どーりで調子イイと思ったぜ。中学の時も、高校の時もツナが来ると勝つからさ、オレ」
「山本の実力だろー?」
「ハハ……ハ…」
 すっかり二人の世界であり、居心地悪く立っていたスクアーロに、山本の視線が向いた。
 ゾクリ。
「誰?」
「うん?あのねー」
「ツナの彼氏?」
「ううん、旦那」

 その瞬間、極寒の殺意が正面からスクアーロに吹き付けた、ドオンッ。

「………はっ?!」
 思わず腰の刀を探してしまうが、今日は野球観戦の為置いてきてしまっていた。
「ツナ………結婚したのか?」
「高校卒業したらすぐねー。これうちの旦那だよ」
「へえ………」
 もう明らかに殺意の塊がスクアーロに向けられているが、ツナの方には感じのいい笑顔という絶妙な妙技で山本武は其処へ存在していた。
 ツナは全然空気を読まず、読めず、旦那の腕にしがみついて笑っている。
「どうも。ツナとは同じクラスで………」
「あ………ああ、話は聞いてるぜぇ」
「山本ッス」
「ぐはっ」
 キラーン、と白い歯を光らせて山本が笑い、手を差し出すと同時スクアーロの体は吹っ飛んだ。
「ちょっと大丈夫?!何してんのこんな所で転んだりして!」
「いや今のは明らかに吹っ飛んでんだろぉ………」
「は?」
「ハハ、大丈夫か?」
 メキメキメキッ。
 スクアーロの腕を引っ張り上げた山本―――プロ野球界のスーパールーキーは、腕の血管が浮き出るほど力を込めていた。スクアーロの腕がミシミシ言う。こいつ………本当に野球選手なのか?同業者だろ?玄人じゃねえのか?
「なんのぉっ………」
 しかしスクアーロも然る者、ギシギシと握り返す。
「どうぞよろしくっ………!」
「こちらこそなぁっ………!」
「もー二人ともすっかり仲良くなってー!山本、忙しいだろうけど良かったらウチに遊びに来てねっ」
「絶対行く」

 お前は何処をどう見たらそういう結論に至るんだぁぁぁっ!
 そんな物騒な小僧家に呼ぶんじゃねええっ!!
 腕の痛みに泣きそうになりながら、スクアーロは新たな敵の脅威に晒され続けるのだった。


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