迫り来る危機・その2
「あー退屈ぅーっ…!」
イライラしたように頭を掻きむしる、癇癪一歩手前の仕草を同僚がしたことで、その場に妙な緊張感が漂い出す。
普通の会社なら「ンなコト仕事中に言うな」で済むが、ベルフェゴールの退屈、つまんない、やってらんないコールは危険だった。なぜなら、
「つまんないから切ってもイイ?」
「うぉぉい!」
手当たり次第誰でもすぱすぱ切り刻もうとするからである。
「いいから大人しくしとけ、コレでも食ってろぉ!」
「ムグ」
ベルは口にアメを突っ込まれ、目を白黒させた。
ぢゅぽんっ、と取り出すと、相変わらずタルい調子で言う。
「なんでお前こんなん持ってんの?」
「そんなこたーいい」
「おやつなの?マイおやつ?」
「違ぇよ」
「スクアーロ」
ベルは腕組みをし、心持ち偉そうに顎を上げて言った。
「そんな、マイおやつなんてフトコロに入れてんじゃねーよ。仕事何だと思ってんだよ」
「てめえがいうなぁぁぁ!!!」
勿論マイおやつなどではない。
出がけに棒キャンディーの袋を持ってウロウロしていた妻をふんづかまえ「せめて下は履け、下着姿でウロウロすんな」と注意したところ「行ってらっしゃい」とポケットに突っ込まれたものだ。
あいつは全然人の話を聞かねぇな………こいつもだよな………なんだオレの周りそんなやつばっかじゃねえか!と切なくなってしまったスクアーロだったが。
そりゃあ、血狂いの同僚よりは愛する妻の方が印象は良い訳であり。
すぐに其方の思考へ没頭し始めた。んっとにあいつは………
「うわっ………なんか一人で赤くなってるし!キモッ!なーレヴィちょっとスクアーロに電撃流してやってえー」
「………」
それまで静かに佇んでいたレヴィがおもむろに背中の商売道具に手をかける。
どうやら赤くなったり頭を抱えたり一人照れたりする同僚を、彼も気持ち悪いと思ったようだ。
「うぉぉぉい!!!」
寸前で気付いたスクアーロはそこから素早く飛びすさったが、生憎屋外は土砂降りの雨だった。
「うわっ!冷てぇ!」
「あはははははっ、いい気味だぜ!」
「てめえ〜〜〜!ベル!レヴィ!」
「………」
「揃ったようだね」
其処へ残りの部隊が到着した。
冷静な声を出したのはマーモンだ。フードが雨を散らしている。
傘をぱちんと畳んだルッスーリアはフェミニンな仕草で雨を払っているし、あらゆることに無反応(反応していても、顔が覆われているので分からない)なゴーラはばしばし雨に打たれている。
「うるせぇ………」
その集団を率いるボス格のザンザスは、雨に濡れた髪を荒々しく掻き上げて雫を切ると、おもむろにスクアーロを吹っ飛ばした。
「ぐっはあ!」
(なんで………なんでオレなんだぁ………?)
最近吹っ飛ばされてばかりいる。痛みに散りかけた意識を冷たい雨で戻したスクアーロ。
鉄製の錆びた非常階段に額を擦り付けながら起きあがる。
一瞥したマーモンが興味なさそうに言った。
「どうしたの?」
「スクアーロが仕事にマイおやつ持ってきてた」
「違ぇよ!」
「あとニヤニヤして赤くて気持ち悪かったから」
「オ、オレが成敗した」
珍しくレヴィが全面に出てきたのは恐らくザンザスに褒められたいからだったろう。
しかしザンザスは既にこの場の全てに興味を失っており、視線も遠くを見詰めていた。スクアーロの存在が敵か害虫の如く貶められただけであった。
「なんだまた奥さんの事でも考えていたのかい?」
「ばっ………ばか言ってんじゃねーよ!」
「図星か」
マーモンの、半笑いの口調に皆一様に「あ〜…」みたいな反応になった。
スクアーロの愛妻家ぶりは強面の暗殺集団をうんざりさせる。ちょっと仕事が長引いただけでイライラし、忙しなく電話を入れ、「戸締まりしたか?なに?トイレットペーパーが切れそう?………分かったオレが買ってくる。出かけるんじゃねえぞぉ」とターゲットの前で喋り散らし、緊張感を消し飛ばすからだ。
「バッカみたい」
ベルがぷっと前髪を吹き飛ばしながら言った。
「こんな極東の島国の土臭い女なんかに捕まって
さー」
「………ぁあん?」
「だっせえのー。何が良かったんだか………ナニ、 サービス凄かった?ガキでも出来たのかよ?」
日本が世界に誇るセルフ風俗を脳裏いっぱいに浮かべてニヤニヤしている同僚に、スクアーロは恐ろしいほど殺気立った顔を向けた。
「てめえ………」
「さぞかしすんげー女なんだろーなー、うん。興味出てきた」
「ぜってえ見せねぇ!」
ザシュッと刀の軌道が雨を弾く。
「ハハハッ!本気だよコイツ」
紙一重でかわしたベルがナイフと、無数に張られたワイヤーで応戦する。しかし今日はあいにくの天気であった。
「チッ」
「貰ったぞぉ!」
雨の雫でワイヤーが光を反射し、その上重さがかかって扱いにくい。ベルの動きが鈍った一瞬をついてスクアーロは突っ込んだが―――
「ぶべし!」
ぴんぽーん。
「は………はーい」
ツナは囓りかけていた海苔せんべいを持ったまま立ち上がった。
ぎりぎりまで視線は密着警察24時に釘付けである。丁度、『国内で暗躍する謎の外国人暗殺集団?!密室殺人のナゾ』をやっていて、目が離せないところだった。
ぴぽぴぽぴぽぴぽーん。
「はいはーい」
激しく乱打されるチャイムに渋々足を向けたツナは、旦那の言葉を思いだして逡巡した。
珍しく賢明な行動だ。
何しろ扉の外からはガヤガヤ、たくさんの声が聞こえている。
『ちょっとまだなのー?遅い遅い遅いー』
『っていうか何でこんな所にわざわざ部屋借りてるのよ?もっと広い所即金で買えるでしょ!甲斐性なし!』
『うるせええええ!』
あ、旦那だ。
「あれ?もう帰ってきたの?」
ツナが安心して扉に手をかけると、一瞬の沈黙の後扉に擦るゴスゴスッという音が響いた。
『駄目だ開けるんじゃねえ!絶対開けるなよぉぉ!』
「え、何で意味分かんないんだけど」
ガチャ。
旦那の声が聞こえたならそれはもうおっけーである。
ツナが鍵を回して外すと、外からドアががばぁっと開けられた。
「わあっ!」
空気におされてその場に転がったツナと。
何故か雨にぐっしょり濡れた挙げ句、腕の傷からぼたぼたと血が流れている旦那を抱えた怪しい集団はまじまじと見つめ合っていた。
* * *
片手に囓りかけの海苔せんべいを持った妻が玄関先でひっくり返っている。
スクアーロは貧血で薄れ行く意識の中、速く逃げろと言いたかったがそれより先に上からボーゼンとした声が降ってきた。
「え、コレ?」
「………」
コレって何だどういう意味だ。
カチンと来ながらようよう頭を上げて睨み付けると、呆然のなかひときわ呆然としていたベルの顔つきはボウッとしたものになっていた。
「わー…」
嫌な予感満載である。
ツナとは言えば、急に狭い玄関先に詰めかけた集団にあんぐり口を開けていたが、奥に知り合いの姿をみとめてポンと手を打った。
「マーモンさん!」
「やあ、久しぶり。ちょっといいかな?」
「あ、いいですいいですどうぞ………」
怪我をした旦那が運び込まれてくると、ツナはアワアワと大慌てだ。
「どうしよう!」
「落ち着いて奥さん。まず止血しないと」
「なんでこんな怪我を?!」
「雨で濡れた階段で転んだんだよ」
「ナニやってんのお前」
妻に冷めた目で見下ろされてスクアーロは傷ついた。
それに、事実は全然違う。答えたベルが、スクアーロを傷つけた当人だ。
そしてもう一人の当人は、こぢんまりと整った一般的夫婦の愛の巣に物珍しそうな視線を巡らしている。
あの時追いつめたとばかり思って突っ込んだスクアーロの頭には、もう無礼な同僚をドツくことしかなかった。
気付くとバカが二人暴れていて、機嫌を損ね背後で顔つきを険しくした上司が、手近なもの(誰だあんな所にスパナなんぞ放り出しておいたやつは!死ぬだろうがぁ!)を掴んで投げたのだ。
スクアーロは見事バランスを崩し、地面スレスレに張られていたベルのワイヤーに首を切断されそうになり―――
寸前で腕を身代わりに出した。深く切れた腕から大量の出血………今こんな事になっているわけである。
迅速に止血をするため、一番近い位置にあったのが家だったのだ。
「消毒用のアルコール、あるかい?」
唯一ツナとは面識のあるマーモンが場を取り仕切る。
ツナはアワアワしながら台所へ駆けていき、一升瓶を持って帰ってきた。その小さな背丈と、華奢な肩と、小作りな顔をレヴィが小動物でも見るかのような目つきで追っている。
「あっ!」
持っているのは秘蔵の越の寒梅だ………ツナが大事に大事にしているやつである。
「ちょっと待って」
ツナはもう一度台所にとって返し、料理酒のボトルを持って帰ってきた。
「うわーん!」
「どうしたぁ!」
「切れてたぁ〜」
「いや其処にあるだろうが!」
「こっ………これはダメ」
瓶を抱いてふるふると首を振る。
「お前なぁ!」
「だってだって!」
「オレの命と酒とどっちが大事なんだぁ!!」
「うっ………」
ツナはウロウロと視線をそらせた後、しばらくの沈黙の後。
むっとしたような顔をした。(何故だ!)
「じゃあお前のバランタインにする」
「ざっけんなアレ30年モンだぞぉ!」
「お前こそ何言ってんのこれ金無垢だよ?!滅多にお目にかかれないんだからな!」
「値段考えろ!さっさと開け…」
「値段の問題じゃないんだよっ!なんていうか……価値の問題なんだ!それに俺洋酒飲めないし」
「なんだとぉ!」
フラッ………
しばらく怒鳴り合っていたスクアーロだったが、いよいよ血が薄くなってきた。
真っ青な夫と越の寒梅金無垢を交互に見ていたツナだったが、泣きそうになりながらビリビリと封を破る。
「チクショー…マジで悔しいっ」
「お、お前なあ………」
すんすん鼻を鳴らしながら口を開ける。下にバケツが来て、スクアーロの腕に向け瓶の口が傾けられた。
「あっ!」
「なんだ!」
「ちょっと待って。こうすれば………よいしょ」
「うおぉぉい!!」
バケツとスクアーロの腕の間に顔を差し込んだツナは、「おっけー」と言って親指を立てた。
「いつでもどうぞ」
「バカかお前はぁ!」
「だって勿体ないじゃんっ」
「消毒なんだっつーの!それにオレの腕見たら分かるだろうがぁ!血だらけだぞ!」
「それくらい………夫婦なんだし」
「今此処で夫婦って言葉は要らねぇんだよ!!」
ひょい。
頑として動かなかったツナを除けたのは、それまで無言で一部始終を観察していたザンザスだった。
「はやくしろ」
「ああっ………俺の越の寒梅金無垢がー!」
「買ってやる」
その一言で振り返ったツナは、目をきらきら輝かせている。
「ほんと?!」
「越の寒梅だろうが久保田の萬寿だろうが買ってやる」
「ウッソほんとばんざーい!」
「うう………」
最初からそうすりゃ良かったのか。
っつーかボスはいつまでオレの嫁を膝に抱いているのか等の疑問はあったが、ようやく腕を締め付ける感触に安堵したスクアーロの意識はスッと闇に落ちていった。
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