同窓会

 

 妻が異常なほどモテたという過去は、男にとって喜ばしいものではない。
 なぜならそれは過去だけではないからだ。
 今現在も絶賛モテ中だからだ。
 ソレにもかかわらず、本人は全然全く未だに
―――気付いてないからだ!

「ほんとみんな久しぶりー。遅れてごめんね?」

 へらり、と笑う妻の後ろでスクアーロは、ただひたすら身を刺すような殺気に耐えていた。





「どうそうかいのおしらせ」
「………」
 夕食後の一時。
 自分で煎れた茶を啜りながらスクアーロはちらりと妻を見た。
 思いっきりひらがなで読み上げたツナは、お知らせ葉書を手にウキウキしている。
「うわーなつかしーなー」
「…ついこの間じゃねーかぁ」
 若妻ツナが高校を卒業したのはつい一年前の事だ。成人式も迎えてない。
 懐かしさを感じる程ではなかろうと思えば―――…
「そーゆーこと言うの、オッサンって感じだよね〜」
「なんだとぉ?」
「いいじゃん同窓会だよ?俺、昔から同窓会って憧れがあって〜」
 一年前まで学生だったくせに同窓会に憧れる妻に、スクアーロは胡乱な眼差しを向ける。
「まあ………行くなっつんじゃねーけどよ…気ィつけてなぁ」
「何言ってんのお前」
 甘納豆を一つつまんで口に入れながら、ツナは旦那の髪を引っ張った。
「一緒に行くんだよ」
「あぁ?」
「ホラ!恋人同伴OKって」
「旦那とはついてねーだろ…」
 恋人どころか友達もOKになっている。恐らく合コンに近いイメージで企画したのだろう。葉書には幹事らしい若い男がピースサインで映っている。
「旦那も恋人も似たようなモンじゃん」
 この場合は微妙である。
 出会いや付き合いはじめることを前提に集合をかけた場合、自分のような部外者は完全に部外者であろう、とイタリア人のスクアーロでも察したが、次の言葉で顔色が悪くなった。
「山本も来るかなー。電話してみようかな〜」
「………」
 山本とはツナの元同級生で、只今超絶人気のプロ野球選手である。
 スクアーロは一度球場で彼と対面し、ものすごい敵意を当てられている。山本はツナを好いているらしい。
「い…忙しいんじゃねーかぁ…?今シーズンだしなぁ」
「そうかぁ」
「ま、お前がどーしてもっつーんなら、付いてってやってもいいけどよぉ」
 スクアーロは思い当たった。ツナは学生時代、異常な勢いで男共からモテていた。
 うっかり一人でおっぱなし、道端で襲われたりお持ち帰りされては困る。行って見張る必要がありそうだ。
「うん。じゃ、仕事休む?」
「なんでだぁ!同窓会、6時からだろうがぁ!」
「前の日ぐらいから遊んでテンション上げてかない?」
「当日くたばるのが関の山だろぉ!いい。バカなこと言ってないで、寝ろ」
「まだ8時だよ〜」
 最近早寝ばかりさせているせいで、ツナが起きるのは6時半。ツナにしてみれば早朝だ。
 その上昼寝もばっちりしているので、まだ眠くないとツナは頑張っている。
「ねえ………いいじゃんか、しようよぉ」
「いやだ」
「ねーってばっ」
「しねえ」
「スクアーロのけち、甲斐性なし、○○○」
「ぶほっ」
 スクアーロはテーブルに頭を激突させた。
「な、なんだと?」
「○○○」
「どっから聞き込んできやがったぁぁ!」
「え?」
「意味、分かってねえだろぉ!そういうことぱかすか言うんじゃねえよ!」
「え、じゃあ………」
 やる?
 妻の手に握られているブツを見て、スクアーロは頭を抱えた。



「わーい、俺、三人目の子供が生まれたぞ!」
「………ふう」
 居間に大きく広げたゲームのボード。
 プラスチックのコマに小さな棒を突き刺しながら、ツナはうきうきと歓声をあげた。
 最近ハマっている人生ゲームである。
 それまでゲームソフトで遊んでいたのを、「やっぱ臨場感ないと」とかいうわけの分からない理由で大判ボードゲームを買ってきて、疲れて帰宅した旦那を相手にやりまくっているのである。
「子供が生まれたお祝い、ちょうだい」
「…ほらよ」
 どうせなら実地の子作りに励みたいが、ツナはまだまだお子様である。
 夫婦のコミュニケーションは主に一緒に遊ぶことだと信じている。付き合わされるスクアーロはいい迷惑である。
「次なにやる?ウノする?」
「………」
「トランプ?花札?むすんでひらいて?」
 何が悲しくて立派に結婚した妻と夜分、「むーすぅんーでーひぃーらーい、い、て」と手遊びをしなければならないのか。
 多大に疑問であるが、スクアーロは我慢強いたちだった。黙って手を差し出す。
「やんねーよ」
「なら言うなぁぁ!なんなんだよ!」
「そら株が大暴落で借金3億円」
「好きなだけ持ってけ!」
「ひゃっひゃっひゃ」
 ツナは勝利の笑い声を上げた。
 面白くもなさそうな顔をした旦那の持ち金から3億円引くと、ルーレットを回した。
「………」
「火事で家が焼けたぞぉ。火災保険に入ってねえだろうが。10億」
「キィーッ!」

 結局ゲームはスクアーロの勝ちだった。
 臍を曲げたツナはぶんむくれて歯を磨きに行き、別にどうでもいいのに勝ってしまったスクアーロは布団を敷きに隣の部屋へ行った。
 元々ベッドを希望したのに、ツナが布団に寝たい、どこまでも転がっていきたいと所望した為家にベッドは無い。一々布団を上げ下ろししなければならない。
 それもツナは布団を上げるのを面倒くさがるので、スクアーロが帰宅してから上げるという、意味あるのかソレ的なシステムである。
「………はあ」
 ため息も出る。
 同窓会………聞いただけで面倒だ。元々スクアーロは人付き合いが得意なたちではない。
 妻と同級生。
 そんなガキどもと話が合うわけも無い。黙って付いていればいいのか。しかし、少し腹を立てて暴れるも、一般人相手にはまずいだろう。
「面倒くせえなあ………」





 当日帰宅したスクアーロを迎えたのは、準備も半分で既にぐったりしているツナだった。
「どうしたぁ!」
「う、うん…」
 弱々しく首を振るツナを助け起こす。
「テンション上げようと思って、遊んでたら………昼飯食い損ねた」
「腹減ってるだけかぁぁ!」
 仕事をしてきた自分より疲れてんじゃねーかと呆れたスクアーロだったが、こういうことは日常である。
 大急ぎでツナの突拍子も無く跳ね上がっている髪に櫛を入れ、服を着せ、自分も身支度を整えてから車を出した。今晩は飲まないつもりだ。
(そもそも………)
 ツナの同級生の中にはハタチを数えたものもいれば、ツナのようにギリギリまだ19歳もいるだろう。
 父親が特殊で(ツナの父は大酒呑みの上、子供に酒を飲ませる極悪人だった)ある環境を除き―――飲酒というのはあまり好ましいことではない。
 はあ、とため息を吐きながらフラフラする妻を支えて店に入ったスクアーロは。
「………っ」
 顔を出した途端、ぶわりと正面から吹き付けてくる殺気に言葉を失った………

「これ、ウチの旦那」
 いつもの一言。
 それだけで殺気は2倍にも膨れ上がったようだ。
 店の隅からものすごくすさんだ目つきで睨みつけてくる、煙突のようにブカブカ煙草をふかした男
―――
(…こいつか)
 他のクラスメイトは「エッ何沢田お前ケッコンしたのぉぉ!」「キャーッ」とかわいらしい反応だが、そいつ一人だけ心の気候はツンドラ地帯だ。
 しかしそれだけの冷たい空気にツナは気付く事無く、席に座ってかんぱーい、などと能天気にやっている。
 思ったより明るい空気。
 むしろ歓迎ムードに、僅かばかり緊張を解いたスクアーロは妻の隣に無言で座った。
 すかさず杯が回されてくるが、酒は断ってウーロン茶にしてもらった。
「旦那さんはぁ、お幾つですかぁ?」
「幾つだっけ?」
 ツナは極自然に訊いた。ぶほっ。思わず噴いてしまう。
「おま………知らねーのかよ」
「聞いたけど忘れた」
「だろうなァ…」
 一回り年上である。
 しかし真正直に答えて緊張されるのもオッサン扱いされるのも嫌だったので適当に煙に巻く。
 その後も女の子から「何のお仕事してるんですかぁ?」「おクニはアメリカですか?」「綺麗な髪ですね、使ってるシャンプーの銘柄は」等々細かい質問をされる。
 スクアーロは面倒なので「ああ」「いや」「あぁん?」と適当に相槌を打っておく。
 ツナに至っては「何だっけ?」「どこだっけ?」「こいつ、取り寄せなんだよわざわざ!あはは!」…と最後だけしかまともに答えていない。妻失格である。
「いいなぁ、新婚さん!」
「………」
 新婚………新婚なぁ。
 ツナが普通の奥さんなら、そういう感慨もありだろうが。
(こいつぶっとんでるからな………)
 一応旦那の言うことをきいてオレンジジュースにストローを突っ込んで吸い上げているツナは、手に手羽先を持ち、振り回し、落ち着き無いことこの上ない。
 元気にはしゃいでいるようであるが、どうも、危なっかしい。
「ほら危ねぇ。食うか呑むかどっちかにしろ」
「うん」
 口元をおしぼりで拭かれながら、ツナは過去のおしゃべりに夢中だ。
 宴もたけなわ、騒がしさ最高潮と言ったところ
―――…

 ガララララッ。
「こんにちは」
 ざわり。店の中が一瞬静まり、どよめきが広がった。
 店の暖簾を掻き分け、顔を出した男のせいだ。後頭部の髪が逆立った個性的な髪型をし、物腰は柔らかいがアサシンであるスクアーロの神経にピリピリと来る。
 そいつは「どうも、こんにちは、お邪魔しますよ」と周囲の生徒を押しのけてまっすぐツナの席まで向かってきた。
「沢田君、久しぶりですね、お元気そうで何よりです」
 元気に違いない。
 鳥の足をくわえたまま、ツナは黙ってその男を見上げた。
「………生徒会長ぉ」
「あ?」
「おや………此方は?」

 ガララララッ。
 またも店のドアが開いた。今度は真っ黒な髪と真っ黒な目をし、仏頂面で、たった今一人二人殺ってきたかのような殺気を―――
「邪魔するよ」
「風紀委員長!」
「おやおや」
「ふん、目障りなのが―――ん?」

 何そいつ。

 二人の闖入者はほぼ同時にスクアーロを見据え、睨みつけ、殺気を膨らませてきた。
 嫌な予感がジリジリする………あぐらの体勢から立ちかけたスクアーロは、膝の上に重さを感じて沈黙した。
 それまで隣に座っていたツナが尻だけずらしてちょこん、と乗っかったのである。
 ツナはジョッキをごとんとテーブルに置きながら答えた。
「ウチの旦那ですよー」



 ツナがもそもそと「二人とも先輩なんだよ。学校の有名人でね」とスクアーロに耳打ちしてくるが、それ所ではなかった。
 先輩のはずなのに同窓会に顔を出したその二人とやら、更に奥で煙をふかしていた男、三人ともがスクアーロにビシバシ敵意を突きつけ、プレッシャーをかけまくって存在している。
 数々の修羅場も命の危険も潜りぬけて此処に生きているスクアーロではあるが、こんなに気まずく居ずらい宴席は初めてだった。

 この殺気。
 この空気。

 張り詰めて今にも爆発しそうなギリギリの。
(こいつら何モンだよ。オレ………生きて帰れんのかぁ………?)
「やー楽しいねー!同窓会!」
 膝の上の指定席(よりによって今か!今なのか!)でえへらえへらしている妻を片腕で支えてやりながら、スクアーロは天井を仰いだ。
 更に此処へ時間を調整して現れた山本が加わるのだが、今の彼は知る由も無かった。


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