天然攻防
「オレ、ツナが好きなんだ。一番、好きだ」
「そんな、山本………俺も山本が好きだよ!」
真っ昼間午前十二時三十七分。
人通り激しいバスターミナル横。停留所のベンチ前。
当然周囲にはたくさん人が居た。みんな目を丸くして突然大声を出した男子高校生二人を見つめるが、彼等はまるで気付いていない。互いだけの世界に没頭していた。
夏が終わり、肌寒い風が吹くようになった。
テスト間近のせいで単語帳やテキストを持った学生達が校内をうろうろしている。その中にツナの姿もある。死ぬ気でやらないと、家庭教師(五歳)が彼を瀕死の目にいてこますからだ。
ツナの顔は薄暗かった。薄汚いようにも見えるが、顔はちゃんと毎朝洗っている。顔色が悪いのだ。
何事にも脳天気で諦め体質の彼がそんな顔をしているのは、若干風邪気味で鼻をズルズル言わせているのもあり、夏からの気鬱を引きずっているせいでもある。
ツナは並盛中を卒業後、そのまま近くの並盛高校に入った。
おつきの従者こと未来の右腕獄寺もツナにくっついてきた。
しかし山本だけは、推薦で野球の名門校に入学した。当然毎日という訳にはいかないけれど、休みの日はちょくちょく顔を出して遊んだり、何かあればいつも会っていた。放課後わざわざ部活帰りの彼を待って話をすることも、試合の応援をしにいくのも日常である。
特にこの夏、山本の高校は7度目の甲子園出場を果たした。憧れの全国大会とあって彼の気合いの入りようは凄かったし、応援するツナも気張った。面倒くさがりなツナが灼熱のフライパンであぶられているが如くの甲子園球場まで足を運んだのは、山本に対する友情である。
山本もまた高校を別にしても、ツナは大事な友人だった。野球に詳しくなくとも一生懸命話を聞いてくれる健気な友人は、数少ない相談相手である。部活仲間やコーチに話さないこともツナには話したし、ツナも随分私的な事を山本にはぽろぽろと零すようになっていた。
そんな二人の友情にこの夏、影が差した。
差したのは女だ。かと言って、ツナと山本が一人の女を取り合って喧嘩をしたとかいうベタな話ではなく、文字通り二人の間に女が割って入ろうとしたのである。
彼女は野球部のマネージャーだった。
山本は野球の実力と、その爽やかかつ精悍な容姿と、きっぷのいい男らしい性格で女の子にモテモテだった。中学からモテたが、高校に行くと知名度は更に上がり、人気も鰻登りだった。
そこで調子こいて複数と付き合っただのニンシンさせただのと生臭い話題を提供する男子とは違い、山本は正真正銘野球にしか興味が無い一途なたちだった。何か夢中なモノがあればそれが一番、他は要らねー、そんなタイプの今時珍しい一本気な男である。
告白されても山本は断り続けた。
それはもう、延々と。
そして理由も隠すことなくオープンだった。部活はいいから休みだけでも会ってという他校の女生徒にも「今は野球が一番だし、友達と遊ぶから休日は忙しい」と実に明快な断り文句を、いつでもまったく同じように言っていた。
しかも、それは全部本当の事だった。
好意故に彼をずっと見続けていた女子が、誤解したのも無理はない。
試合に打ち込む山本を必ず応援に来る他校の男子生徒。聞けば、中学では同級生で一番の親友だった―――今現在もそうであるという。そいつは、休日ともなれば張り切って応援にかけつけ、小さい子供を何人もひきつれて現れる。子供に限らず、海外モデルのような美女や並盛高名物のボクシング男、その妹(美少女)、そしていつでもぷかぷかと盛大に煙を吐き出している男子生徒―――…
は。
そこで目に入ったのは美少女でなく、他校の男子生徒(小)にしつこくまとわりつくヘビースモーカーの他校の男子生徒(大)だった。何を意味しているのか知らないがじゅうだいめ、じゅうだいめと姦しく、犬のようにまとわりつきなんとかして彼の注意を自分に向けさせようとしている。
その男子生徒(大)は顔が良かった。
少々やせぎすだが目鼻立ちのはっきりした美形で、それがデレデレと相好を崩して同年代の男の子に絡みつく光景は誤解を生んだ。
間違いない。
あれはホモだ。
なんかしきりに男子生徒(小)に隣席を叩かれ、座って獄寺くんと宥められているが、あれもプレイの一環に違いない。
そのちっこいのとうちの野球部のエースが、女の子とのお付き合いを断るほど付き合いが深く仲がよいというのは、本当に本当の事実だったのだ。
焦燥を感じた野球部マネージャーは、山本に問い質した。
それは告白も含んでいたので山本は当然ながら断ったが、彼女は疑惑に符合する返答に半狂乱になった。
世話になってんなーぐらいで彼女にこれっぽっちもそういう感情を抱いていなかったので、山本的には当然だった。しかし、相手は爆弾のような女だった。至る所に対人地雷が仕掛けてあり、中には対戦車ぐらいでかいのもあった。
山本は意図せずに、対戦車用を踏んだ。
当然爆発の規模は大きく、被害は甚大だった………
試合後、山本は真っ先にツナの所へ行った。もうバスを無視してそのまま帰る勢いである。
生憎子供の一人が迷子になったとかで、ツナを残して全員が捜索に出ていた。祝いとねぎらいの言葉をかけるツナと、泥だらけの試合着で笑う山本は甲子園裏手の通路でホワホワと笑い合っていた。
其処へ歩く地雷原登場。
驚く二人の前で、次々爆撃行動を取った。発言をした。
モテ環境の割に純な山本と、生来の奥手が祟りまくって多分三十路を過ぎないと猥談も出来ないぐらい純なツナは、彼女の見当外れの主張と糾弾に目を丸くして聞き入り、
結果、
「はあぁ…」
友人の試合を応援にはるばる兵庫まで行って、女の子に罵倒されて帰ってきたツナはがっくりと落ち込んでいた。
手には携帯がある。
メールは山本から。文面は、話があるので明日会えないかということ。
勿論快諾したが、この前のが余りにもショックでしばらく顔を会わせていなかった。先ずどんな顔をして会えばいいのか分からない。会って良いかどうかも分からない。
当然会う会わない遊ぶ遊ばないは二人の問題であり、他人が口を出す権利などこれっぽっちもないのだけれど、移動する地雷原(恐怖)が勢いに任せてくっちゃべった無茶苦茶な理屈はナイーブな少年の心に傷を付けたらしい。
ツナはだらだらと残り時間を過ごし、翌日昼近くに出かけて行った。
山本と遊ぶ時は大抵彼の家かツナの家か、あとは買い物や近隣のレジャー施設と相場が決まっている。待ち合わせ場所に山本は既に来ていて、遠目にはいつもと変わらぬ明るい笑顔を浮かべて立っていた。
「おまたせー。どこいく?」
「とりあえずメシ食おうぜ」
聞く人が聞けば完璧にデート前の会話だが、本人達は居たって真面目に友情を育んでいる。
二人は仲良くバスの二人席に並んで座り、まずはたわいもない話をして緊張を和らげた。如何に些末気にせぬ山本も、直接ツナと自分に投げつけられた言葉は悩むところがあったらしい、いつになくぎこちない。
話し合いの結果、今日は市内の動物公園に行くことになった。デートコースと言えなくもないが、友情である。
一度乗り換えがあり、待ち時間が二十分程あった。
二人はバスターミナルで下り、立ったまま何やら真剣な顔でボソボソおっぱじめた。
「オレあれから色々考えたんだけど」
「うん………」
「やっぱ、無理して女と付き合うのツライわ。正直面倒なんだよなー」
爽やか好青年、と行った風の山本も、ツナ相手には本心をぶっちゃける。
「っていうか、俺達そんなにおかしいかなあ?ね?普通に遊んでるだけだよね」
「ん。いちおー部の先輩とかに聞いてみたんだけど、『お前はそれでいい、不必要に頑張る必要はない。つーかやるな、困る』って言われたぜ」
「困るって、なんで?」
二人は奥手かつ天然だった。
「野球以外に夢中になったら集中欠けるってコトじゃねえの?」
「ああー」
違う。
先輩達は山本が女と付き合いだしたら今まで堰き止めていた自校他校の女生徒達が大騒ぎをし、なおかつ自分たちに配分が当たらないと言う理由から述べたのだ。
「オレ、女と付き合わなくて良いよな?」
「別に、山本が嫌なら、付き合わなくて良いと思うよ、うん」
「ツナと遊ぶのも止めなくていいよな」
「………」
ツナはツナなりに考えるところがある。
勢いにまかせた暴言は、ツナの『俺なんかが山本の時間、いっぱい取っちゃっていいんだろうか』という悩みを生んだ。それまでツナは山本がそんなにたくさん自分と過ごしているという自覚はなく、それは中学で同じクラスだった時に比べれば今は全然少ないからで、山本の『そういやそうか。野球以外は大概ツナだぜ』発言に少なからずショックを受けた。
しつこいようだが、彼等はこれで友情である。
「うーん………」
「なんだよツナ、その…」
「なんか申し訳ないかなって………山本は人気者なのに、俺なんかが一人で独占するのも、世の中に申し訳ないよ」
「そんなことねーだろ」
「ううん………」
当人山本にすれば野球部の先輩も後輩もクラスメイトも、まあ学校だけでいいか、遊ぶなら遊んでも良いけどどっちかっつったらツナのが良いなあ、と思っているので、ツナの悩みは全くの杞憂だ。
しかし何事にも積極的でないツナは、眉を八の字にして山本を見上げた。
「他の友達だって、山本と遊びたいと思うし。俺、少し遠慮した方が」
「んなことねーよ」
そんなことになったら山本が困る。
なんで女に言われたぐらいでツナと遊べなくなるんだ、と思った山本は、自分の心の赴くままありのままに叫んだ。
デッカイ声で。
「オレ、ツナが好きなんだ。一番、好きだ」
………そんな訳で、冒頭に戻るのである。
2006.11.12 up
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