天然攻防

 

 山本とツナが周囲の目を釘付けにし、なおかつその後もごく普通にバスに乗って動物公園に出かけた日の翌日。
 グラウンドではいつものように練習前の軽いストレッチが始まっていた。朝練である。
 山本が「お前、訳分かんねーよ」と言ったところ、もうピタリと声をかけて来なくなったマネージャーは今日は姿すら見せなかった。その代わり新しく入った一年生の女子が二人、山本を熱い眼差しで見つめている。
 どこまでも災難に巻き込まれていく男である。
「どうした、身入ってねえぞ」
「あでででで」
 夏と共に三年生の部活は終わったが、甲子園出場校としての幾つか親善試合がある。サービスのようなものである。
 大学受験に関係ない先輩方はこうして残り、一人が山本と組で身体をほぐしていた。
「あのー」
 止せばいいのに山本、先輩に相談事を持ちかけた。
 結局昨日はツナと強い友情を(あくまでも友情だ)再確認し合っただけで、事態に進展は無かった。相変わらずツナは薄暗い顔をして、ションボリしながら家に帰っていった。
「なんだ女か?」
「………はあ」
 山本の脳裏に、爆発の悪夢が蘇った。確かに悩みの始まりは女の子だった、そう言えないこともない。
「マジでか?!」
 かくりと頷いてしまった。
「もー困ってんで。参ったなー」
「何に参ってるんだ………いでででで!おいギブ!ギブだって!」
「先輩体固いッスねー」
「うるせえええ」
 今日も朝から相手校の女子制服が、フェンス越しに群がって来始めた。
 山本は馴れてしまい、先輩も馴れている。放ってひたすら体を伸ばす。
「先輩って彼女持ちでしたっけ?」
「………別れて1ヶ月だ、言うな」
「あ、ああ。俺、今までめんどくて女の子と付き合った事無いんスけど」
「ふーん。ほー」
「おかしいスか?」
「おかしくは………ないんじゃねえの?」
 先輩とて付き合ったのは1ヶ月前別れた彼女が初めてだった。
 甲子園出場に浮かれて出来た女だったのだと、今は冷静に考えられる。それまでは野球一筋で来て、勿論告白されるなんて嬉しいイベントもなかった。
 一年下の後輩がモテモテにも関わらず手つかずだという事実に、なんとなく愉快になる。
「そりゃ本人の自由だろ。それとも今気になってるヤツでも居るのか?」
「例えば?」
「いや俺が聞いてるんだろうがよ。まーお前は分かり易い野球バカだけど、それほっといても大事な奴とか」
「居ますよ」
「ホントかっ?!?!」
「ん、んー………大事………」
 うん大事だな、すっげえ大事とカクカク頷く山本に先輩は素直に驚き、またはしゃいだ。
「そうか!居んのかよ!ハハ、やったな!」
「ええ?」
「すげえよ、そりゃいい事だ。よし」
「まあ………普通に」
 余り普通ではないかもしれない。
「もう付き合ってるのか?」
「へ?」
「いや、付き合った事無いってんだよな。………ばかやろ、何グズグズしてんだよさっさと告ってモノにしちまえばいいだろ!」
 アハハーいやまいったなーウチのエースがなーと他人の話に浮かれる先輩を、山本は呆然と見つめていた。
「あの………」
「ああ?」
「告白?は済ませたんスけど」
「なんだとー!」
 確かに告白だろう。
「はい。好きだって言いました」
「それで?相手は?」
「好きだって」
「おお~!」
 確かに好きだと答えていたが………
「じゃあ何にも問題無いじゃねーか!そうか………お前がなあ………」
「先輩?」
「入ってきたときはなんてイヤミな新人なんだといびり倒したお前が………」
「えっそうだったんスか」
「気付いてなかったのか………」



 山本は鈍かった。
 今も鈍い。上に、世間知らずでこなれてない部分がある。彼は翌週早速出かけていき、放課後テクテクトボトボと歩いてきたツナを待ち伏せていた。
「あれっ?や、山本っ!?」
「よーツナ」
 ちょっと時間いいか?と言いつつもうズンズン引っ張っていく山本。
 それから数分後「お待たせしました10代目!あ、アレ?」と周囲を見渡す獄寺が居たのだが、それも既に彼の意識外だった。
 山本はツナの手を引っ張ったままズンズン突き進み、とりあえず近場の公園に入った。砂場やブランコで遊ぶ幼児達の間を通り抜け、大きな広葉樹の下に立つと、勢い良く振り返って言った。
「オレと付き合ってくれ」

………
………
………

「なんだって?!」
「うん。いや、先輩が。告白まで済ませたら後は」
 食え、と言われたのだが、流石にそれは口に出せなかった山本はへらりと笑って首を傾げた。
「駄目?」
「駄目っていうか………なんか変じゃない???」
「でも俺ツナ好きだし、ツナも好きって言ってくれたから」
「そう………そうだけど」
 ぐるぐる目を回して唸るツナの肩を山本がしっかり掴む。
「オレ、ツナが好きなんだよ」
「う、うう、うん」
「ずっと一緒にいたいと思う。お前が側にいるの、一番楽なんだ。変に気張んなくていいしさ」
「うん…」
「したら付き合うのがイイってさ。成る程な!」
「成る程って………」
 えええええ。
 ツナはぐるぐるしながら山本に聞いた。
「とりあえず………何すればいいの?」

 付き合う気あんのかよ。

 冷静な者が居ればその場にツッコミが入ったろうが、生憎幼児が無垢な目で挙動不審なお兄ちゃんたちを見上げているだけだった。
「何?何って、うーん。付き合うと何すんだっけ?デート?」
「いいけどさ」
 次の休みどっか遊びに行く?と問う山本に、ツナは反射でかくんと頷いたのだが。
 妙な顔をしつつも折角ワーイと喜んでいる友人………いや、元友人相手に、それっていつもとどう違うんだと容赦ない質問を浴びせるのはやめておいた。





 ついでに其処に居る幼児の集団に「つきあってくれ!」「いいよー」と言い合う告白ごっこが流行し、迎えに来た親たちを慌てさせたり微笑ましい気持ちにさせたりしたのだが、流行らせた当人達は既に帰宅しており、知る由もなかった。


2006.11.12 up


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