天然攻防

 

 いつも一緒に出かける友人同士と、これからめくるめく日々が始まろうという恋人同士の境界線は何処にあるのだろう―――…
 上映開始から十五分。早くも眠気を催し始めたツナは椅子に深く腰掛け、本格的に寝る体勢に入った。いつもなら絶対見ない恋愛物は、延々と主演の二人をとりまく複雑な人間関係の説明を続けている。もう誰が誰やら本気で分からない。
 隣を見れば山本も似たような症状で、コクリコクリと船を漕いでいる。やはり無理して選ぶこと無かった、3番スクリーンのアクションにすれば良かったと悔やむが、高校生二人の凡庸な思考では『デート=恋愛映画』だったのだから仕方ない。双方の親がその世代であり、同年代の進歩的な連中と深い付き合いをするでもないからどうしても常識が古いのだ。
 二人は一番後端の席に座っていた。
 成る程、こうしてみれば客の殆どがカップルばかりであり、ちらほらと女の二人連れもいるが彼女たちは映画に集中している。ツナや山本と同年代の者は一人も居なかった。
「ふわ………ぁ」
「…んー?」
 ツナのあくびに反応した山本は、眠そうな目をして悪い悪いと謝る。が、ツナからしてもう落ちる寸前なのだからいいよいいよっつーか俺も限界かなあ………と二人は向き合った。
「………で?女の家族が仲違いしてる理由の弟の恋人がどうしたって?」
「ごめん、山本、俺もう限界。複雑すぎて覚えられない」
「でもよー、これってメインの二人の映画なんだろ?なんで出てこないんだ?」
「や、出てきてる出てきてる。服変わったけど」
「ああ………そういえばこんな顔だったかぁ」
 酷い客である。
 仕方ない、興味がないのだ。
「そうだよね、髪型変わるともう分かんないよねえ」
「そーそー」
「決め台詞とか決めポーズないと区別つかないよ」
 そんな芸人みたいな俳優は面白いが、恐らく恋愛映画で主演不可であろう。
 二人もそもそと喋る。台詞も音もやたらめったら多いので声はかきけされ、他の客達は画面に目線が釘付けだった。もしくは、隣席の連れの顔ばかり見ている。

 そうか、そういうもんか。山本はしなくてよい納得をした。

「ツナ」
「ん?」
 チョイチョイと指で招かれるままに頭を寄せたツナに、山本は唐突に囁いた。
「アレだアレ」
「アレ?」
 山本が指さした先には、肩を寄せ合い、手を繋いで寄りかかる一組の男女の姿があった。
「………アレ?」
「そう」
「う、うん………別にいいけど」
 そうか、と至極あっさりな納得をし、山本はコテリとツナの肩に頭を乗せた。
 ツナは視線を前に戻し、スクリーンを見るフリをした。
 ………が、その顔がどんどん必死になっていく。
「………ごめんやっぱちょっと重いかも」
「だよなー」
 実は山本も、ツナの小さく痩せた肩がこめかみに突き刺さってとっても痛かった。つまりツナが山本の肩に寄りかかればきっとジャストサイズなのだが、二人はどうもピントがずれているので気付かない。
 むくりと頭を起こし、座り直す。二人で顔を見合わせて悩んだ後。
 とりあえず手を繋いでみた。
「こっちのが楽だねえ」
「うん。なんか照れっけど、いいんじゃね?」
「よし」
 良くない、というツッコミが入らないのでいつまで経っても二人は気付かない。
 あーツナの手って小っちぇえな、山本の手あったかいなあという暢気な感想を抱きほのぼのしている。
 ほのぼので、ラブラブではない。一年生のミヨちゃんとたっくんがおててをつないで横断歩道を渡るレベルの仲良し加減である。しかし―――
 限りなくスローな関係と思いきや、意外と行動派な山本は次のステップを試みた。
「もっとなんかしてみるか」
「なに?」
 丁度その時、二人が参考にした男女は他の観客の目を盗んでキスをした所だった。
「………」
「………」
 二人の心は一つだ。つまり、「アレ………?え、ちょっ、アレ?」である。
 しかし最低限の恋人知識を持っている二人に、本当に不幸なことにストッパーがいなかった。
「………で。いい?」
「ええっ?!?」
 傍目にはまったく動じず良いかと聞いてくる山本に、流石のツナも驚いた顔をする。
「それ、いいの?」
「そういうもんじゃねーの?」
「だって………ううん、分からないよ」
「やってみりゃいいじゃん」
「そんな簡単に………………………ってうわー!」
 すいと屈んで正面から唇を触れ合わせ、丁度メインの二人が邂逅を果たしたところであり、音楽は最高潮だった。ツナの悲鳴はかき消された。
「わー!わー!わー……あ、うーん。結構平気だなあ」
「ん」
 目を瞑る礼儀もせずに、バカ正直にヒエエと言っていただけのツナだったが、案外平気だった。
 報告すると、どうやら山本も同じような感想を抱いたらしい。こんな事を言いだした。
「ツナもしてみ」
「うん」
 今度はツナから、勢い良く向かっていく。勢いが良すぎてガツッと痛そうな音が響いた。
「あでっ」
「…ってて」
 唇はくっついたが額や鼻の方が先に付き、しかもかなり盛大に痛かった。殆ど頭突きである。
「案外石頭なのなー…てて」
「ごめん山本、痛かっただろ……ううう」
 二人が涙目になって額を抑え、姿勢を戻すと、スクリーンでは主演の二人がオーケストラの演奏をバックに貪るようなキスをしていた。

「………すごいね」
「………すげえな」

 もうそれしか言えない。

「俺いっつも思うんだけどさ、外国の人ってすんごいキスするよね」
「ああ」
「アレ、殆ど食べる勢いだよな。見てると恐怖すら感じるんだよ………」
「いっそ美味そうに見えるよなぁ」
「うん。もう、見てると求愛行動なのか食ってるのか分かんなくなるからね。無理だよね」
「無理だ」





 余りの退屈に映画は途中で出てきてしまったが、その後の話し合いで重大事項が決定した。
 何事も慣れだという理屈により、アレは練習が必要である、という結論に双方が達したのである。
 有意義なデートだった………二人は満足して映画館から出てきた。
 そしてしっかと手を繋いだまま、人通り激しい街路に出ていったのだった。


2006.11.13 up


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