天然攻防
球場のトイレは半野外のせいであの独特の臭気があり、あまり長い時間過ごしたい場所ではない。用を足したらさっさと出たいカンジだ。
個室に連れ込まれたツナは床の泥とか壁に跳ねた得体の知れないシミなどを無意味に見つめながら、頭上から迫ってくる脅威に備えていた。ちょっ、山本近い。近いって!わ―――ああああ…
二人分の体重を受けて便座の蓋がミシミシ言う。これ以上力をかけたら多分割れる。がっぷり食べる勢いで口をくっつけてくるのはこの間見た映画の影響なのだろうか………されていることは脇に置き、ツナは暢気にそんなことを考え続けた。冷静と言うより状況を把握出来ないのである。現実逃避、とも言う。
「………ツナ」
「………は、い?」
「いいか?」
………ああ………なんだ………この場合はアレか。
幾ら鈍くても、真剣な目がこっちを見据えて鼻と鼻がくっついていれば理解する。神経がどうにかなったかこんがらがったか、ツナはその瞬間ヘラリと笑顔を浮かべ、拳を振った。
ボグッ。
「うわあ!」
拳がめりこむ鈍い音がし、珍しく上手く力の乗ったパンチが山本の左頬に命中する。フラついた彼を慌てて支えて、ツナはしきりに謝った。
「ごめん!大丈夫?!つい反射的に!痛かった………?」
「うん、痛ぇな」
「うわあああごめんなさい!!」
ツナが山本を殴ったのは正真正銘その時初めてだったのだし、双方とも驚いていた。特にツナを襲う罪悪感は半端なものではなく、ひたすらに謝り続ける。
「ごめん、ごめん………ごめんね山本……俺」
「いや今のはオレが悪」
「山本のこと嫌いなんじゃないんだよ!?いいいいきなりだったからビックリして………そんな………」
歯切れの悪い物言いに、戸惑いまくって寄せられた眉。
それが戻ったり、また寄ったりしていたかと思えば、急に力を込めてキッと上がる。
「分かった、俺も男だ!しよう山本!」
果たし合いでもしそうな勢いだった。
その場には徹底的に何かが欠けていた。
勿論それから1分もしないで二人は出てきたのだった。文字通り、飛び出してきたので勢い余ってつんのめり、危ういところで体勢を立て直し、丁度行方不明のエースを捜しに来た部員と遭遇、山本は戻っていったし、ツナは先程からくすぐったいほどブルブル言っている携帯を慌てて取り出し「着信:獄寺」の文字を見て慌てて門外へすっ飛んで行った。5歳児が勝手に購入し、勝手にメモリー登録をした携帯を促されるまま使っているせいで、味も素っ気もない画面。しきりにかかる呼び出し。
自分の姿を認めるなりピョンピョン跳びはねる獄寺………そんなことをせずとも獄寺は十分に背が高い…目立つ…若干憂鬱な気分を引きずって待たせちゃってごめん!と頭を下げる。
「そんな!全然待ってなんてないッスよ!それじゃ帰りましょうか!」
獄寺に半引っ張られながらツナもぐるぐるしていたが、山本も悩んでいた。土の付いた試合着を脱いで着替える間も、部室のシャワーにするか家に帰るかと聞かれても、黙りこくったままひたすら悩む。
デートした。
キスもしてみた。
抱きついたり触ったり、スキンシップは付き合う以前からの事でノーカウント。それ以外で、何か、もっと確たるものが欲しいような気分だったのだ。
今は少し後悔している。
殴られた左頬は痛い。
驚かせたことは悪いと思っている、それ以上に―――…
「うーん」
間違ったか。悩む所だ。
さっきの勢いではそれしか無い気がしていたが、こうして冷静になってみると、それはとても不思議な感じがした。
そもそも想像すら、したことが無い。
一人、また一人と出ていき、とうとう誰もいなくなった部屋で山本は一人呟いた。
「考えてみりゃ、俺もツナも男だったよなぁ………」
2006.11.20 up
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