洞
役場は古びた鉄筋コンクリートの三階建てで、此方は港とうってかわって人気が無かった。
そもそも職員がそんなにいないのだと思う。此処は小さな島で、住民は少ない。
島の人口は昔より更に減っているという。
不便な生活を捨て、本土で暮らす者達の中には自分と、自分の母親も数えられているのじゃないかと――そう意識した時、なんとなく。
重く感じた。
何故か言い訳がましい言葉を口にする。
「でもみんな島には良く帰ってるんだろ?」
「そうみたいだなー」
奇妙な焦りは、カラリとした笑顔に助けられた。
(馬鹿、考え過ぎだっての)
訳の分からない罪悪感は薄れ、安堵の気持ちが広がる。不思議な感覚だった。
人付き合いの苦手な自分が、家族以外……今は亡き母の他、こんなに容易く肩の力を抜けるなんて。
「さっさと済ませちまえば。その辺回ろうぜ」
何にもないけどなあと笑うその顔は、屈託がない。
車から降りた綱吉は、役場の玄関に向かって歩き出した。
強い陽光に照らされた島の景色が目に入ってくる。
(なんて濃い緑だろう)
植物は島全体を覆っていた。
蔓草が多いのだろうか――照りつけるような太陽の光をめいっぱい吸収して、上へ伸びるのではなく下へ這う。
地表をくまなく覆う緑の網。
ざわざわと風が吹いているが蒸し暑く、汗がたらたらと流れ落ちていくのが分かる。
「暑いんだなぁ」
「そうか?」
「暑いよ。全然あっちと違う……ああ、日陰に入れば違うかな」
役場の中は外の熱が嘘のように涼しかった。
冷房が効いている風ではないのに、空気が冷たい。
「ほい、スリッパ」
「ありがとう」
旅館にあるような茶色のスリッパをペタペタさせて進むと、涼しさの仕組みが明らかになった。
この建物は半地下であり、地面に埋まっているような形なのだ。
地中の温度は一定なので、地下の空間が自然の冷暖房の役割を果たすのだろう。コンクリートは熱伝導が良い。
一階の突き当たりに応接室はあり、数回のノックで返事が聞こえた。
妙な緊張を覚えつつも、恐る恐る中に入る。
「いらっしゃい、良く来たねえ。綱吉君……で良いのかな?」
想像していたのとは違う人物が綱吉を迎えた。
其処に居たのは――厳格な老人ではなく、もっと若い男だ。
シャツにネクタイをした、如何にもな役場の職員スタイル。年齢は多く見積もっても三十五、六と言った所か。
「お母さんが亡くなられて大変だったろう。もう心配しないでいいからね? 島の皆は家族みたいなものだから」
「はあ…」
綱吉は気のない返事をする。
男の喋る言葉は浮ついていて、中身が無い。
そもそも母の遺骨は沢田の家で引き取ると、本家がそう申し出てくれていた。
それをわざわざ引っ繰り返したのは島の人間なのに。
綱吉の中で僅かな反骨心が沸き上がり、それは表情に出てしまったようだ。
男は唐突に話題を変えた。
「武君、忙しいのにありがとうね。迎えを申し出てくれたんだよ、本当は私が行く筈だったんだが…」
「いいッスよそんなの。オレ単にツナに会いたかっただけだから。それより」
二人の視線が同時に、ぽかんとしている綱吉に向いた。
「早いところ済ませて下さいよ。オレ達これから用があるんで」
「用?」
なあ、と笑いかけられて、綱吉は咄嗟にかくかくと頷いていた。
(ううん)
俺はこの笑顔にどうも弱い。なんでもウンと言わなくてはならないような気になる。
「島巡るんで」
「ああ…うん、そうだよね。二十年振りだっけ? 懐かしいだろう…」
「そうですね」
全然そんな事は思っていないのだが。
記憶はおぼろげで、綱吉は山本の実家の商売でさえ思い出せない。
自分がどこに住んでいたとか、島に何があったとか、そんな些細な事でさえ綺麗サッパリ忘れているのだ。懐かしさなど――
「用事があったらオレの家に連絡下さい」
「え、あの、彼は――」
「ツナ」
その時。
びくりと振り向いた綱吉を、山本はじっと見ていた。
顔は笑っている。快活で人好きのする笑顔。けど。
目が違う。笑ってない。
その眼差しは覚えがある――ような気がした。
「オレの家。泊まるよな?」
「あ……うん」
頷いている自分に呆然とする。男が何か言っていたが、耳に入ってこなかった。
2010.4.19 up
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