洞
メシと言うには余りにも豪勢だった。
テーブルに所狭しと並べられた皿。とりわけ目を引くのは大皿に盛られた刺身と、一匹丸々焼いてある大きな魚。
これがおかしら付きってやつか。
しかも二つある。一人一つずつなんて、恐ろしく贅沢だ。綱吉はぽかんと口を開けて立ちつくし、早々にビールを開けている幼馴染みの後頭部を見つめるしかなかった。
「これ…」
「この辺魚しかねーんだ。魚駄目か?」
「全然そんなことないけど」
下手な旅館より豪華な夕食が出てきてしまった。
もしかして気を遣わせたのだろうか。
「ごめん」
「ん?」
「こんなに用意するの、大変だったろ…」
遠慮がちに席に着くと、山本は慣れた仕草で酒を注いだ。
ペースも速い。漁師仲間で飲むことが多いと言う。
綱吉は自他共に認める下戸である。一口入れただけでほわほわと良い気持ちになってしまうから話にならない。
会社の歓迎会で動けなくなるほどぶっ潰れた経験から、口を湿らす程度で止めている。
「すごいなこの量。山本強いんだ?」
「強いっつーか、飲まされるカンジだよな。あの人達ビールの後に焼酎とか日本酒余裕で行くし」
「友達と遊んだりしないの?」
島には同じ年頃の子供が何人か居た。
例によってはっきりとは覚えていないけれど、年が近い方が話は合いそうな気もする。
しかし山本は曖昧に笑い、あっさり否定した。
「たまに飲むけど、会合とかそんな時だわ。皆本土に就職して盆正月に帰ってくるぐらいだしなあ……話もよく分かんねえ」
「え?」
「オレは島にばっかり居るだろ」
「ああ……でも…」
話難いとか、合わないという印象は一度も無かった。
寧ろ普段よりずっと口数が多い。こんなに喋ったのは久しぶりである。
何しろ山本は綱吉でさえまだ手に入れていない、最新作のゲームを持っていた。この方面の話題は尽きない。
島とは言え物資はふんだんに届く。勿論郵便も来る。
昔だったら、町に居るより情報の伝わりは遅かったのかもしれない。
しかし今は関係無い筈だ。
「あんまり関係ないよねそれ」
「ん? そう?」
「関係ないと思う」
「でもオレ、服とか化粧品の話されてもよく分からんのよ」
「それは…」
分からないだろう。
(あれ……他の子って皆女の子だったっけ?)
記憶の残りカスみたいな部分をさらって、さらって、目を凝らしてはみるけれど。
(駄目だ全然思い出せない)
「どっちが良いとか悪いとかの判断もつかねーしな。あとその日によって顔が違うのもびっくりした。特殊メイクかアレ?」
「……」
「形相変わってるんだぜ。冷たいとか言われてもねえ……知らねえ人かと思うだろ?」
分かるかと尋ねられれば、それは確かに自信が無い。
「とりあえず褒めておけば良いんじゃないの。そういうのは」
そう言いつつも、山本がそんなタイプでない事は分かっていた。
案の定『ああ、そうか』みたいな顔をして此方を見ている。綱吉は彼女達の無念を思ってため息を吐いた。
「多分褒めて貰いたくて言ってるんだと思うよ。うん」
「でもオレ嘘つきたくねーし」
あっさり言うと、次を注ぐ。
ある意味男らしい性格だな。
男らしい山本は自分で捌いたという白身の刺身(聞いたことのない名前だった)を肴に、もう一本目を空にしてしまっている。
とても追いついていける気がしない。
「コレ美味しいね。透明な刺身なんて初めて見たよ」
丁寧に盛られたツマの脇から、とりわけ美味そうな一切れを頂く。
女の子の話は綱吉もあまり良く分からないので、もっと分かりやすい話題に変える事にしたのだ。
「ま、魚だけは美味いよな。ただ、鮮度が落ちると食われたモンじゃねーからさ。島以外じゃ売れねえワケ」
「へえ…」
「親父もそれが良くて越して来たって言ってたな。本当はお袋があっちへ渡る筈だったらしいけど」
「そうなんだ」
山本が家族の事を話すその口調は穏やかで、其処に自分のような揺れは無い。
そうなれたらいいのにと思う。
けど無理だ。まだ痛みがある。
2010.4.27 up
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