こんな三蔵はイヤだスペシャル前編

 

天竺へ経を取りに行く坊主の護衛をしろという話だったのに―――

一人の青年が、一歩先を行くウマに乗った坊さんを睨んでいます。
彼の名は孫悟空。東勝神州、傲来国、花果山出身の石猿です。お山で番をはっていた彼がこんなところで頭におしゃれな飾りをつけ、棒を振り回して妖怪をバッタバッタと薙ぎ倒しているのは完全なる不運が原因でした。

元々悟空はふとした気まぐれで仙人になり(仙人から秘伝を奪う)、山へ帰ったらヘンな妖怪が住み着いていたのでぶちのめす事にし、成り行きで四方竜王から武器と鎧と靴と冠を脅し取ったら天界が攻めてきたという、彼流に言えば「ふりかかる火の粉を元から断とうとしたらうるさい外野がやってきたからとりあえず全部咬み殺しておこうかな」、そんな事態でもってこんなしたくもないボディーガードなどしているのです。
天界ではやれ乱暴をしただの、大事な桃をくっただの金丹を食っただのご馳走をたいらげたーのと酷いぬれぎぬを着せられ評判は最悪。けれど、全部身に覚えのないことです。(群れているのは目障りなのでボコボコにするとか、その辺になっている果物や目に付いたくいもんを無意識につまんだとかは生きている上での日常なので悟空は勘定に入れていません)
それが何の因果かこんな、クソ生意気な坊主のお守りをしているのだから、人生って理不尽です。

難しい顔をする悟空の他にも、厳しい顔をしている者が居ます。三蔵の馬の竜王です。
彼は見た目非常に凶悪な顔をしているのですが笑うと意外とチャーミングで、基本的に善人であり、やさしいこころの持ち主でした。
此方は正真正銘の不運で、三蔵に目をつけられたのが運の尽き。長い天竺への旅路の乗り物役目を仰せつかり、毎日のイジメを修行と思って耐えている健気な男でした。

悟空は後ろを振り返りました。つかずはなれず着いてきている二人のアホ面を確認するためです。
無表情でもくもくと歩を進めているのが沙悟浄。あっちを見、こっちを見しておちつきがないのが猪八戒。二人とも進んで三蔵の手下になった余程の物好きかマゾ奴隷で、悟空とは折り合い良くありません。
やはり初対面でボコボコにしたのがいけなかったのでしょうか。
特に猪八戒は時々恨みがましい視線で悟空を睨んできます。まったく、うっとおしいやつ。
(その時々八戒の弁当やおやつを平らげたり気まぐれでぽかりと殴りつけたりするせいであると、悟空は気付いていません)
沙悟浄は言動が不気味です。頭に載せている形状不明の冠も怪しく、恐らくあそこから全世界を洗脳する三蔵怪電波を出しているに違いないと悟空は睨んでいます。恐るべき三蔵帝国です!

「少し、休みましょうか」
振り返ってにっこり笑った美青年が三蔵法師です。容姿端麗頭脳明晰、くじけぬ意志と溢れる勇気で天竺まで旅をする志高き超美青年高僧という設定ですが、悟空に言わせればこいつこそこの世の悪夢の始まりでした。
まず、坊さんの癖に態度がえらくでかいのです。
人を顎で使うことに慣れきっています。口調こそ丁寧ですが常に人をバカにしたような、上からものを見たようなしゃべり方をします。
そして時々輪廻がどうとか六道の能力等電波な事を言いだすので、旅をするより病院に入れた方がいいんじゃないかとこの悟空でも思うのですけども、お釈迦様観音様の前では至ってイイコで優等生。決してボロを出しません。
「ふ………」
(かわいそうな)竜王からおり、錫杖をついて岩に腰を下ろした三蔵は確かに風光明媚な景色と似合いの美形でした。
けれどもその錫杖がどす黒い色で染まっているのは、それは血なのです。なにしろ盗賊が襲ってくれば身ぐるみ剥いで皆殺し、妖怪が襲ってくれば殺してシメて
「…今日の夕食は鍋です」
と言い放つ坊主です。
それなのに血まみれの現場を観音様に見つかると、よよよと泣き崩れて
「私は止めたのですけどこの猿が…」
と悟空を指さすので、悟空はこいつがとりわけ大っきらいでした。


※これはそんなツギハギだらけのご一行が天竺まで旅をする愉快痛快な物語なのですが、ページとネタの都合で一場面です。ご了承下さい。


「三蔵さまー三蔵さまー」
猪八戒が、悟空に言わせればバカの猪八戒が、いつものおねだりです。
「おなか空きませんかー?俺はすっかりペコペコれすーぅ」
………うるさい。
騒がしいのが嫌いな悟空は青筋をたてました。その腹ベコベコにしてあげてもいいんだよ、と思いましたが、殺意を込めて睨むだけで我慢してあげました。
猪八戒はそんな悟空を努めて見ないようにしながら、一生懸命三蔵に訴えます。
流石に元々の子分には、若干甘い三蔵が仕方ありませんねえとぐるり辺りを見回します。
きっと夕食の妖怪でも探しているのでしょう。三蔵は竜王に目を止め意味ありげな笑いを浮かべにやにやしましたが、これは直材調達前の日課のイジメなので心配ありません。
「おや、あんなところに不自然な豪邸が」
「本当ですね」
切り立った崖と崖、しかも断崖絶壁のこの場所に、金銀細工で装飾の施された豪華絢爛な屋敷が建っています。
明らかに不自然です。
バカの猪八戒よりは少しマシなバカの沙悟浄が無表情で相づちをうちます。
「とりあえず今夜は彼処に泊まりましょう」
三蔵はにこにこと錫杖を握り、軽いウォーミングアップに振り回し始めました。
住民や先客や妖怪が居たら暴力で追い出す気満々です。錫杖の先が時々竜王の頬を掠めるのですが、これも修行と思っているのかじっとがまんの子です。彼は悟空が信じられないくらい我慢強いのでした。

健脚な三蔵(を乗せている竜王)と、その一行は幾時もしないうちに豪邸の門前へ来ていました。
一応、斥候の悟空が無礼にも如意棒でコンコン扉を叩くと、中から扉がゆっくりと開きます。
「いらっしゃいませお客様―――」
中から出てきたのは目にも彩な衣装を纏った美女でした。
「貴方があの有名な三蔵法師様ですのね?どうぞ、一晩の宿を………」
たおやかな風情と物憂げな眼差しを称えた女主人は、プンプン臭う怪しさで三蔵一行を中へ招き入れました。
しかしそんな事態に遭いすぎて慣れっこになっている彼等は遠慮無くずかずかと入り込み、三蔵は当然の如く上座に座ります。(これが観音様だの天界の使いが来ると、いつのまにか悟空と位置が入れ替わっているのが不思議です)
一行が席へ着いた途端、幾人も幾人も美しい女達が出てきて、きわどいシースルー衣装をひらひらさせながら各人の席へはべり、もてなしを始めました。

「うっひょー!」
バカで好色な猪八戒は大喜びで女の腰に手を回し、胸に顔を埋めて堪能中。
「………結構です」
猪八戒より少しマシなバカの沙悟浄は特殊な嗜好の関係で口元に手を当てウッと唸り、女を追い払います。
「いや俺は………」
人の良い竜王は女の誘いは断れても料理の勧めは断り切れず、あれよあれよという間に口に詰め込まれています。

さて肝心の三蔵法師はというと―――
とっても退屈しきった顔で寄ってきた女を追い払い、つまらなそうに足を崩して一口二口、料理をつまみました。
別にこれは彼が高邁な精神でもって女を拒否しているのではなく、単に好みでないだけです。
その美貌と能力とコネと得体の知れない闇の力で、狙った獲物はことごとくモノにしてきた三蔵法師さまさまはそんじょそこらの女になぞなびかないのでした。

実に傲岸不遜な態度に悟空は呆れましたが、これも長い旅の間になれっこになっています。
「あなたもいかが」
いつの間にか女主人が悟空の側に来て、色気たっぷりに胸を寄せて酒を注ぎましたが生憎石猿の悟空に性はありません。邪険に追い返してしまいます。

酒も料理も適度に堪能した悟空は、竜王の頬を爪で弾いて遊んでいる三蔵や既に女とシケこんでいる猪八戒、荷物の中からガレージキットを出し黙々と組み立てを始めている沙悟浄などを置いて一人散歩に出ました。偵察の意味も兼ねています。

多分、これは三蔵を天竺にいかせまいとする妖怪の仕業です。あまりにバレバレで避ける気力も無いほどベタな罠です。

見つけた妖怪はどうしてやろうかなぁ。

悟空が如意棒をバトンのように軽く振り回しながら軽快な足取りで豪邸をまわっていると、長い廊下を小走りにかけている下女を見かけました。
「あれは………」
過去に色々悪行………いえ経験を積んでいる悟空ですから、当然知り合いも多くいます。遠目に見えるのは確か、昔義兄弟のちぎりをかわした(力に物を言わせて無理矢理子分にした)牛魔王ではないでしょうか。
変化はしていても、手抜きなので一目瞭然です。少女に化けていても彼は元々小柄で弱々しい風情をしています。
こまねずみのようにチョコマカとしていて、手元に置いておきたくなるような、妙な愛嬌を持った妖怪ですがいかんせん臆病で、悟空相手にはひたすらごめんなさいとすみませんを繰り返していた懐かしい顔。
妖怪としての株は悪くない、それどころか高位なのに、庶民な立ち振る舞いと容姿が特徴と言えば特徴な。

「どうしてこんなことに………」
スンスンと鼻を鳴らしながら料理を運んでいた牛魔王は、びくびくと広間の気配を伺います。
妻、羅刹女の命令で三蔵一行を罠にはめたはいいものの、業界でも悪評トップ、極悪非道の暴力一味である彼等を仕留める自信はこれっぱかしもありません。
「オメー仮にも妖怪共のボスだろ?クソ坊主一匹なんぞ頭から丸飲みするくらいの気概は欲しいもんだぜ」
「無理だよおおおお!あんなもん食ったら腹下すだけですまないぞきっと!!」
それでもがまんがまん実行したのはひとえに、妻が怖いから。
じぶんよりか余程強いのに、どうして自分でやらないのでしょう………
「きっと面白がってんだ………よな」
ぐったりしてしまいます。
妻の黒光りする拳銃………もとい、強烈な芭蕉扇の威力を思い浮かべた牛魔王はぶるりと震え、料理を抱えなおしました。そこに、
「なにしてるの」
「ひゃっ!」
悟空です。
気配を消して後ろから迫っていたのでトロい牛魔王は毛筋ほども気付かなかったのです。
「あ、あ、ああ」
「久しぶりだね牛魔王。相変わらずの草食動物ぶりじゃあないか」
「あ、はい、すいません」
反射のように謝る腰の低い牛魔王の鼻をつまみ、クイクイと弄って遊ぶ悟空。
目に涙をため、ふるふるとチワワのように震える牛魔王。
「奥さんは相変わらず?」
「う、うう。そうで、す」
「会いたいね」
「縁起でもないことを!」
「是非手合わせ願いたいのさ」
悟空は牛魔王が正体の少女を伴い、広間に戻りました。
一応状況を報告しておかなければ、性根の腐った三蔵なので何をするか分からないのです。この小さくか弱い牛魔王をいじめても困ります。

そうするのはこの悟空の特権なのです。


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