12月24日の災難

 

 やたらと動かなかったのが良かったようだ。疲れてウトウトしかけたツナの耳にどたどたと騒がしい足音がし、いつの間にか垂れていた涎を拭きながら顔を上げると、はあはあ息を切らしたベルが「なんだよーもー!焦って損したぁー」と言いながら階段上から見下ろしていた。
「おい!」
「んだよ!」
「お前ん家、すっげー広くて疲れる!」
「だろー?あはははは」
 腰に手を当てて威張っているベルに恨めしげな視線を向ける。ツナは本当に疲れていたし、怖くもあった。そもそもちゃんと玄関まで迎えに来てくれれば、こんな事にはならなかったのだ。
「一体何してたんだよ」
「んー」
 微妙な相槌とも、返事とも、単なる誤魔化しとも取れるうなりを上げてベルはニヤニヤ笑っている。
「まさか忘れてたんじゃなだろうな?」
「んなワケないじゃん」
 つるりと出る嘘。
 気付かないのがツナだった。「まあ、そりゃ…」なんて言ってもう誤魔化されている。
 二人は連れ立って歩き始めた。ベルはツナの歩いてきたルートを戻らず、階段を下がってある一室に入った。
「ここお前の部屋?」
「はぁ?」
 如何にも馬鹿にしたようなはぁ?に、むっとする。
 口を尖らせたツナが見ている前でベルは次々と部屋の中の扉を開けて進んでいく。それを見てツナはあっと思った。
 部屋は通路を真ん中に、両脇をぐるりと囲む構造になる。迷わず目当てに辿り着けるのだ。なるほど。
 しかしその考えを見越したように先を行くベルは言った。
「いっとくけどこれオレだから出来るんだぜ。あと、お前のその鍵な」
「え、コレ?」
 バングルをかざす。
「識別コードが入ってんの。無いとトラップ発動。各部屋独自の仕掛けがあるんだよねー」
「お前ん家、忍者屋敷みたいだな」
「ニンジャヤシキ?ニンジャって、あの忍者?」
「からくり屋敷だよ。変な仕掛けがいっぱいあるんだ」
 外敵の侵入を防ぐための数々が、"変"の一言で片付けられてしまった。
「それ何処あんの?」
「忍者が居る所じゃないの?」
 ツナは適当に答えた。
「欲しい」
「はっ?」
「忍者と交渉したら買える?」
「えっ………知らない」
「勝ったら買える?」
「そりゃ買ったら買えるだろ………知らないよ!俺忍者じゃないもん」
「ふーん」
 暫く間があった。いい加減、考えてからベルはぽつりと言った。
「忍者って何処にいるワケ?」
「………日光?」



 とりあえずその場に良識あるツッコミが居なかったため、「そりゃ江○村のアトラクションだ」という指摘が入ることはなかった。
 ツナの、遠足体験故の間違ったイメージは訂正されることなくその話題は終了した。二人は屋敷東側の端に到着し、ベルが手慣れた様子で壁を探ると其処には小さいながらエレベーターが出現した。
「すっっっっげー………」
 家にエレベーター、どうよ。
 どうせならエスカレーターもつけりゃいいのにと思うツナは、完全にお店と間違えている。
 そしてベルはと言えば、狭い密室でニヤニヤも最高潮だ。
 わざと寄り気味になって背の低いツナの顔を覗き込む。ちょっと危険な体勢である。
「…なんだ!近い!」
「そ?」
「なんとなくうざい!」
「ウザ…」
 普段は臆病で遠慮ばかりしているクセに、ツナは時折暴言を吐く。
 ベルはムキになってツナの肩を掴みもっと密着したが、次のアクションを起こす前にエレベーターの扉が開いた。
 チーン。
「開いた、行こう」
「待てよ」
「ケーキ、でかいのあるんだろ?」
「ケーキ目当てかよ!オイ、ツナヨシ」
「あー」
「こっち向け」
 もう一歩を踏み出しかけているツナの肩を掴んで、力の限り壁に押しつける。
 いてえだの腹へってんだ俺だのとぶつくさ言っている口を塞ぐ。
「………………………………ンングッ?!」

 してやった、という気分だ。


2006.12.25 up


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