一つ屋根の下では…

 

ツナの師である医者は、シャマルという名の異国人である。
どくたーというのは外国語で先生、医者という意味があるのだという。だから、時折尋ねてくる政府のお偉い役人などが呼ぶ「ドクターシャマル」を聞く度、ああ、この人はとても偉い優秀なお医者さんなんだよなあと思う。
けれど、普段は自堕落で女の尻ばかり追い掛けている道楽者。

「綱吉ちゃん、おしょーゆ取ってー」
今もこうしてメシをかっこんでいる姿は、間抜けでオヤジで怠け者と三拍子揃った駄目具合であり、どうしてこんな人に俺は教えて貰って居るんだろうと哀しくなってくる。
「どったの?」
「どくたーシャマル」
シャマルのことを、元の職業を忘れないようにと呼ぶ時はどくたーをつける。
「隼人兄さんがまだ帰ってきませんね」
「ヤボな事言っちゃいけないぜ」
「違うと思う………」
おしょーゆを手渡しながら、綱吉は壁の時計を見た。
大きな振り子時計はシャマルの国から運ばれてきたものだ。
「隼人兄さんは通りの喧嘩を見て、飛び出していったんですよ」
「またかァ?!あいつアホだな!喧嘩アホ!」
「困ったもんです」
ずず………とみそ汁を啜りながら綱吉は嘆いていたが、シャマルはニヤニヤ笑いを止めない。
「それで?お前はどうやって帰ってきた」
「………へ?」
「いつもならあいつのケツにくっついて帰ってくるだろ。場所が場所なんだから」
「失礼な。俺だって、もういい大人ですからね」
「大人ねえ………」

まだ笑っているシャマルに茶を出してから、綱吉は立ち上がって盆を持った。
シャマルと、兄弟子の隼人、綱吉が住んでいるのは、シャマルが買い上げた(と言っても、故郷の医師団から派遣されているのであり、自費ではないようだ…)下宿用一軒家である。
異国風の外観に居間、部屋、風呂の浴槽も白い見慣れない、外国製のバスタブだが………
半分はまるっきり和風。綱吉や隼人が使っているのは畳敷きの和室。

そして此処にはもう一人、住人が居た。

シャマルの知り合いで、一体何の仕事をしているのかはサッパリ不明だが、日がな一日ごろごろしては時折でかけ、いつの間にか部屋に戻っているというもう一人の異人ディーノである。
彼は黒髪のシャマルと違い金髪で、もう見るからに異人だった。初めて対面したときは、それはもう怖かったのだが今では彼が一番優しく、紳士であると綱吉は知った。
「あいつァまだ寝てるぞ」
「昨日は遅かったんですか?それにしたって、もう夕方ですよ」
「一日だって二日だって三日だって寝るだろ」

「ディーノさん、お邪魔しますよ…」
8畳の和室いっぱいに長い手足を広げ、シャマルの言うとおり寝こけている金髪の美青年がディーノである。
「ほら、夕食ですってば」
「ん?ん………」
ごろりと転がってノビをする、その頬にくっきり畳の跡がついている。
可笑しくなってクスクス笑いながら盆を置くと、ディーノは寝ぼけ顔で起きあがった。着物姿だが前がすっかりはだけ、かろうじて帯をしめているような………実にワイルドな格好だ。腕や背に彫られた西洋の入れ墨が、白い肌に見目良くはえている。
「よォ、ツナ」
「よおじゃありませんよ。みそ汁冷めてしまいますから…」
起きあがってもそもそと食事を始めるディーノに仕方ないなあと肩を竦め、綱吉は立ち上がった。
まだ用事は色々と残っている。仕事を終えてからでなければ眠ることは出来ない。それに………
のんきにメシを頬張っているディーノをこっそり盗み見て、綱吉はため息を漏らした。





その夜。
10時近くになって傷だらけで帰ってきた兄弟子の手当をし、飲んだくれて寝てしまったシャマルを彼の自室に押し込め、やっと布団に入った綱吉はむくりと起き出した。
既に眠ってしまったのか、シンと静まりかえった家の中をすり足で音を立てずに移動し、2階奥のディーノの部屋の前で止まる。
「………ディーノさん、ディーノさん」
起きてください、とそっとふすまを叩く音に、すぐに返事が返ってきた。どうやらたっぷり寝たディーノは眠っては居なかったようだ。
「どうした?」
金髪と淡い目をしたこの異国人は、めくらっぽうに背が高い。
狭い廊下で覆い被さるようにして覗き込んでくるその顔を、あんぐり口を開けて見ていた綱吉はパチパチと頬を叩いた。
気を取り直してそっと、言った。
「あのぅ………」
はっきりしない態度である。

実は綱吉は、昼間の往診で姐さんに、言付けを頼まれた。最近見かける背の高い異人の旦那に恋い焦がれていると言うのだ。
病を重くしたのはそのせいかもしれないと涙をはらはら零しながら訴えられれば、伝えぬ訳にはいかない。

そんな事情もあってもじもじと煮え切らない様子で居る綱吉を、ディーノは怪訝な表情で見つめている。
意を決して手招きをし、耳元に口を寄せた綱吉はなんとか言い切った。
「よろしければ………明日の酉の刻、二人きりでお、お会いできないものかと、」

姐さんが。

最後の言葉は宙ぶらりんになった。言い終わらないうちにディーノがもの凄い力で綱吉の体を持ち上げたかと思うと、隣室の空き部屋に連れ込んでふすまを閉めてしまった。
「………ツナ、すまない。もっと早く気付いてやれれば」
「え、と。あのう」
ディーノはどうかしてしまったのだろうか。
とろけるような笑みを浮かべ、甘い雰囲気を全開で迫ってくる彼を片手でぐいぐい押しのけながら綱吉は悩んだ。
なんだ、どうしちゃったんだこの人!
「お前はちゃんとした子だし、世話になってるシャマルの弟子だ………かわいい弟分でもある。何度いけないと思ったことか」
「ディーノさん、ちょっと」
「けどお前がいいってんなら話は別だ………ツナ、俺もお前のことが」
「ちょっ、なんですか!!なんなんですかこの手は!?」
べしべしと容赦なく払いのける。けれど、ディーノは甘い笑みを浮かべているだけで全然我に返ってくれない。
「ディーノさんムグ?!」

うっぎゃああああああ。

綱吉は心の中で大絶叫した。はじ、は、はじめて、なのに。
口を吸われて呆然としている綱吉の夜着の合わせ目が開かれ、帯がはらりと落ちた。足の合間に割り込んでくる腰に阻まれ身動きも出来ず、ただ舌を舐め回されて思考が停止する。

くすぐったい。

胸の辺りを撫でられてケラケラ笑い出しそうになる。実際、笑い出した。身をよじっていや、いやです止めてと言う綱吉にディーノはますます激しく身を寄せて口付けを深くした。
「んっ………ぐぅっ………がぁっ!!!」
とうとうばちこーんと頬を殴りつけ、驚いているのをドンと後ろへ押して押しのけた綱吉は乱れた格好で立ち上がり、喚いた。
「もう!もう!ディーノさん正気にかえってください!!」
「俺は正気だぜ」
「うっそだあ!」

大騒ぎに起き出したらしい隼人も、寝ぼけ眼を擦りながらやってきたシャマルも、着物を半分はだけさせた二人に目を丸くしている。

「何事だ?」
「俺は、俺、ただ………朱鷺和屋の姐さんに言伝を頼まれたんです!」





「大人の話、すっか」とディーノの肩を無理矢理組んで隣室に行ってしまったシャマル。
きょとんとしていた綱吉は、最初こそ静止状態で立っていた兄弟子の隼人が、次第に顔を青ざめさせ、ブルブルと握った両手を振るわせているのを見て驚いた。
「どうかした?」
「どうかした、じゃねえよ!!」
隼人は綱吉を担いで立ち上がると、そのまま風呂場へ直行した。
「洗え!徹底的に洗え!消毒だ!!」
「わっ、なんですか兄さん痛いです痛いですー!」
洋物の石鹸を使って体中泡立てられ、水をかけられたかと思うと、オキシドールのツンとする匂いまで。

鬼のような形相をした隼人が、朝までかかって綱吉の全身を擦りたてたので、彼等は疲労困憊して翌日の往診どころではなくなった。
大人の話組もまた、二日酔いで目も当てられない状態だった………


2006.3.27 up


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