一つ屋根の下では…
「ごめんくださいまし…」
ガランと人のひけた様子を見て、肝の小さい綱吉は足が震えた。
人通りの多い色街から通りをさんぼん、抜けてこの辺りは寂しい眺めだ。寂れた店ばかり。両脇の空き家に火は入っておらず、この宿とてかろうじて小さな明かりが提灯に入っているだけ。
此処は金のない人足や落ちぶれた女郎が使う、最下層の宿である。一日も、一月も、一年の契約もある。ただし風呂はなく、あるのは部屋と水場だけ。掃除を頼めば無愛想な老人が、箒を片手に仏頂面で現れるだろう。
綱吉も医者の卵だ。どんな場所にも診療する。けれども、綱吉がまだ年齢の割に成長が遅く、幼く、世間知らずな所を心配してか呆れてか―――師も兄弟子の隼人も夜の診療には殆ど出さない。こうして一人でこんな界隈を歩いているところを見つかったら、それこそ大目玉を食らうだろう。
提灯の灯りが一つ。年代物の建物に、板張りの廊下が飴色に輝く。
足を踏み出す度ぎし………と軋み、不気味な事この上ない。綱吉は足早に廊下を過ぎ、階段を上がって2階へ急いだ。
上がり場で足を踏み外し、思わず手をつく。
指先から三寸も無い場所に、白い足袋の足が立った。
「遅い」
「もうしわけございませんっ…!」
うらぶれた宿の座敷で、首都一恐ろしい男と差し向かいで対面する恐怖に綱吉の歯がかたかたと鳴る。
漆黒の詰め襟を着、警官のような格好だがそれより数倍生地がいい。絹糸で袖や襟が縁取りされていて、上位であることを知らしめていた。
「頼んだ物は、用意してくれたろうね?」
「は、はい此処に………」
綱吉が懐から出そうとした包みを、男は受け取るべく手を伸ばした。
「ひっ」
恐れの余り後退る。男はぴくりと眉を上げ、剣呑な表情をして綱吉の細い肩を掴んだ。
「さっさと出せ」
「あぅ…!」
細身にも関わらず、力が強い。砕け散るかと思うほどに。
痛みに身動きできない綱吉の懐に、男が片腕を突っ込んだ。転げた包みを追って手が腹を下り、中へ潜る。
「あっ………ああ………止めて……止めてください」
「黙れ。じっとしてるんだよ」
「いやっ………誰か………!」
「「てんめぇぇぇぇぇ!!!!!」」
―――ふすまが三方から開き、綱吉は驚いて目をまん丸く見開いた。
「隼人兄さん?ディーノさん、どくたーまで………どうしたんですか?」
「いや………どうしたもこうしたも」
お前さんが一人こそこそ出ていくのを見かけたから、隼人もディーノも心配してだなぁ………
シャマルがごもごもと説明すると、二人は一斉に喋りだした。
「なんだてめえは!綱吉から離れろォォ!!」
「ツナ!無事か?!何もされてないかっ」
「オメーが言うなよ!」
「うるさい………」
不機嫌に言った男の腕を、咄嗟に押さえる。
でなければ一発殴りかねない、いや、一発で済むかどうか。何しろ凶暴な男である。
「雲雀様、どうか抑えて!この人たちは俺の先生と兄弟子と大切なお友達です!」
「ますます気にくわないね」
チャキ、と武器を構えて完全なる戦闘態勢の雲雀の足に、綱吉はしがみついた。
「やめてくださいー!!」
様子を見ていたシャマルが、肩を竦めて尋ねる。
「それで?綱吉ちゃん、そいつ何?」
「雲雀様は………ええと」
そいつ?と眉を上げる雲雀を抑えて抑えて、座らせて、背に庇う綱吉は必死だった。
「以前、破落戸に絡まれていたところを助けて頂いて………」
「えっナニじゃあホントに逢い引き?!」
「違いますよ!なんですかその突拍子もない誤解!俺はただ調合した薬を、雲雀様はお母様の為に…」
「………」
ついとそっぽを向いた雲雀は、勢い膝の上に乗っかっている無礼な綱吉を、払いのけたりはしなかった。
「なんでわざわざこんな場所くんのよ」
「それは………」
雲雀の指定である。
恐る恐る、伺うように見上げた綱吉を雲雀は睨み付けると、「ちょっと、重いんだけど。いつまで乗っかってるつもり?」と冷たく言い放った。
「わあ!すみませんっ」
薬を受け取った雲雀は、綱吉にお代を手渡して帰っていった。
そのお金は外診としてちゃんとシャマルに渡している。ただ、もう一つの包みが綱吉の手に残っていた。
「ンだそりゃ」
目敏く見つけた隼人が問うと、綱吉はニコッと笑って包みを開けた。
中には色鮮やかな菓子が入っていた。
「雲雀様がくださるお菓子、とても珍しいんですよ。舶来物から、地方の名物まで。それに美味しいです!」
「だーから言ったろーが」
行きとはうってかわってうきうきした足取りの綱吉を、三人はほっとしたような呆れたような顔で見守っている。
「あいつはまだガキんちょなんだから。おまえらみたいな汚れた思考してねえんだ」
「なんだとー!」
「アンタにだけは言われたくねえなぁ」
2006.3.28 up
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