一つ屋根の下では…

 

女が好きだ。
柔らかく、甘い匂いのする其れを抱いて、抱かれている事に安堵を覚えるのは全ての男の本性であると思う。腹の中に居たことを勝手に思い出すのだろう。
まろやかな乳房も、ぬるりと赤い唇も、髪を上げた項のほつれ毛も―――
これはもう、サガとしか言いようがない。
咎め立てされるいわれはない。
どんなに詰られ貶されすまんすまんと謝っても、本質の所でこの開き直りがでんと鎮座しているせいで、シャマルは浮き草の様な暮らしを続けているのだ。

「せんせい」

呼ぶ声が男のものなら行かない。
女なら飛び上がる。
どちらでもないから見るだけにする。

「ドクター」

律儀に言い直す頬が夕焼けで赤い。
恥じらっている訳ではないのに、その表情はいつでもそんなようだ。
身に染みついた遠慮が顔や目にまでのぼっている。
「お客様がいらしたんですけど」
「男?女?」
「ええと、いらしたのは男の方ですけど」
「じゃ断れ」
「ドクターシャマル………」
くっと顔を顰める。
子供の顔が不相応な呆れを含み、シャマルは怒るでも無視するでもなく―――
拗ねた。
「俺は女しか診ねーって、何度言ったら分かるんだ」
「話を最後まで聞いてください。依頼は男の方がと申し上げただけです」
患者は女の人だと思いますよと、しれっとした顔で言う小作りの顎が心持ち反った。
「なんでそれを早くいわねえ」
自分で先回りしておいて、この言いぐさである。
弟子の綱吉は呆れ果てたという心境を、天井を仰ぐ仕草で表した。

立ち上がり、客間に出るシャマルの後を綱吉は黙って着いていく。
その存在を確かに感じながら、奇妙な縁を思う。
この少年は確かにシャマルの弟子なのだが、弟子という意味ならば、純粋に兄弟子隼人の方が弟子らしい。放任主義のシャマルに隼人は文句を言いながらも着いてきて、着実にその医師としての腕を上げているからだ。
この綱吉という少年は、お世辞にも物覚えが良いとは言えなかった。
二度三度と繰り返さねば覚えられないし、不器用で刃物を持たせられない。意気地がない。
血を見れば気を失うほど肝が小さく、薬を摘ませれば夜になっても返ってこない。
「お待たせしているんですからね、いつもみたいな態度じゃいけませんよ」
「へいへい」
ただ、隼人には無い人当たりの良さがあって―――これがなかなか侮れない。
医者というのは体を見るものだが、病魔というやつが何処に巣くっているか、どういう治療をするか、全て基本となるのは医者と患者との信頼関係である。
人の心を開けなければ本当の意味で良い医者とはなれない。
シャマルは婦人を見るのが専門の医者であるから余計にそう思っているのかも知れない。しかし、医者と患者にも相性というものがある。幾ら腕が良くとも、長い付き合いに至れば至るほどその関係は重要さを増していき、時に人の生き死にに関わるのだ。
その点、綱吉は誰とでも直ぐ気安くなれる―――というか、気安くされる。
それに処置の仕方が未熟でも、綱吉には病気を見抜く不思議な力があった。
隼人がその知識と鋭い洞察力で病気を診るのなら、綱吉は勘とも言える、本能的な所で病気を見分ける。
その、まるで神がかったような診断力は師であるシャマルですら敵わないかもしれない。



客への応対をどうにかこうにか済ませ、往診の約束をした所でシャマルはまた昼寝に戻ろうとした。
しかし綱吉がその前に立ち塞がった。
「駄目です」
「そんな怖いカオしちゃって」
どちらかというと小作りでぼんやりした顔の綱吉は、年を重ねても一向に成長が見られない。
まるで少女のような細い手首が、着物の袖からにゅっと伸びている。
「隼人兄さんはこの所休み無しで働いているのに、ドクターときたら」
「だって春だもーん」
「この商売に季節は関係ないでしょう」
か細い声だが有無を言わせぬ迫力がある。
「一体どうしたって言うんです。正月からこの方、様子がおかしいって姐さん達も言ってますよ」
「あーそーね………」
「郭通いも未亡人さんの診察もぱったりと」
「うーん………なんつーか、燃え尽き症候群ってえの?」
「燃え尽きるほど色の道を極められたというなら、次は医者の道を極めてください」
「言うねえ」
へらりと笑うシャマルに、綱吉は今度は眉を八の字に下げて見せた。
「………心配なんですよ。隼人兄さんも、あの隼人兄さんがですよ?ドクターを心配して………」
「またまたァ」
「ディーノさんだって、俺だって心配です」
「ヤダヤダ男ばっか」
「ドクター!!」

ああ、うん。

分かったような返事をして、頷いて。
小言は無視ばかりのシャマルが、珍しく振り向いた。
平素から色の薄い目が更にぼんやりとした光りに霞む。
「綱吉………」
唐突に名を呼ばれて立ち止まる綱吉の前に屈んで、肩に手を置き。
唖然としている少年に唇が触れそうな程近づいて―――

「………やっぱムリ」

顔を背け横を向き、口元を手で覆ってオエエ、などとやっている失敬な師に綱吉は今度こそ色を無くしてしまった。





「つまり、だから、幽霊やあやかしの類に取り憑かれているんですよ!!」
「ああん?」
「そうか?」
力説する綱吉に、兄弟子の隼人は胡乱気な眼差しを向けた。
ディーノに至っては「いつもあんなんだろー」と暢気だ。
「ドクターの様子がおかしいのは、皆さん知ってるでしょう」
「あいつ元々頭おかしいからな。今更驚かねェし」
「そう………そうじゃなくて」
「それよかお前が気を付けた方がいいぜ、ツナ。迫られたんだろ?」
「なにっ??!!」
途端いきりたつ兄弟子を宥めつつ、綱吉はディーノを軽く睨む。
「俺の話を、どこをどう聞いたらそんな有り得ない事なってんです………ドクターの女好きはもう………皆さん思い知らされているじゃないですか………」
女を片端から口説く師に誠意という文字はない。
良く修羅場っているし、とばっちりもくる。しかしディーノはまた別の意見があるようだ。
「だからなァ、こう………極めると人間」
「別の道を模索」
「そうそう」
隼人が余計な合いの手を入れ、そして、自分でキレた。
「冗談じゃねえ!」
あ、あああい、あいつ、女に飽きたからって陰間に走りやがるとは見下げ果てた奴ゥー!……などと大声を出す兄弟子の口を塞ぎつつ、綱吉は思いっきりそれを否定した。
「陰間って。隼人兄さん、それドクターが聞いたらぶっちぎれますよ」
「がるるるる」
「それに俺は陰間茶屋に入れるほど器量良しでもありません」
「世の中には物好きが山ほどいらあ!」
ケッ!と吐き捨てる隼人の目線は真っ直ぐディーノに向いていたが、綱吉は気付かない。





有り得ないと断言した綱吉だったが、流石に目の前で入られたら信じない訳には行かなかった。
彼は色街へ、使いの帰りだった。
普段は足を踏み入れない一角へ、見覚えのある背の高い男がふらふらと―――と思ったら、自分の師匠だったのだ。
「まっ………まさか………」
婦人専門の医者が(限らない腕前ではあるけども!)どうしたって、用事のある場所ではないのだ。
まさか。有り得ない、けどそんな。
ウロウロと入り口付近を徘徊している綱吉を、通行人達は明らかに誤解していた。
常なら地味な容姿と薬小僧姿に大して人目など集めない。しかし、年齢が明らかに幼いこと、場所が場所なこと、ついでにその趣味が多いこと―――などから、彼の身は危険に晒されていた。

主に貞操の。

現に今、身なりの良い男が声をかけた。肩に手を置きつつ、気安い様子で話しかける。
綱吉は慌てて振り向いた。

ドゴッ。

あれ?いない??とキョロキョロする。さっきまで肩に触れていた感触は影も形もなく代わり、

「こんな所で何してる」
「雲雀様………」

不機嫌そうな仏頂面で睨む、雲雀の姿がそこにはあった。


2006.6.26 up


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