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当たり前だが、相手は有名人だ。
空港は既に大変な騒ぎになっていて、近付くことすら出来そうにない。
連絡を取り合っているのなら、何か策があるのかと思いきや――さっきまで相当に張り切っていた三人は群がる大勢の背中をポカンと見つめるだけで特に何をしようともせず、だよなあ、そうだよなあとしきりに呟いている。
「電話してみたら…」
見かねて言う。
会場はホテルなのだ。迷う心配もないだろうし。
(ああ、何か、朝っぱらから凄く疲れた…)
どうしよう、どうしようとウンウン悩みながら此処まで来たのを、一気に緊張が解けてどうでも良くなってしまった。もういいじゃないか、テキトーに会ってテキトーに挨拶してさっさと帰ってくれば。
歳を取ると、悩むにも一々体力を使うのだ。
「じゃあはい、して」
「…っ」
プルルル、と耳元で鳴った。携帯を耳に押しつけられ、綱吉はガチガチに固まってしまった。
なんてことしやがる。
アッチへ行けとばかり手で払うが、間に合わない。繋がる一瞬の間があって、ああやっちゃったという焦燥感と一緒に携帯を引き寄せる。
「山本?」
それまで散々嫌がっていた癖に、殆ど抱え込むようにして話し出した綱吉を三人はゲラゲラ笑ってみていた。い、言いたい。事はそんなに単純じゃないんだと。もっと複雑で深刻で大変な――
「おーツナか? 久しぶりだなー」
予想に反して相手の第一声はほがらかで和やかで、思わずツナも懐かしい友人との会話に没頭してしまう。
一通り近況を語り合い、向こうの生活はどうだとか試合見てるよとか当たり障りのない話に、必要な要件を告げて。
「まっすぐホテルに向かっていいのか? …今回は私用だから? ああ…あ、うん分かった」
私用で空港があんな事になってしまうのかと、薄ら寒い気持ちがしてしまったが。
向こうには専用の記者が幾人も張り付いているのだ…あの騒ぎは…
「プライベートでアレって事はやっぱアレか」
「アレだろ」
「本当なのか? アレ」
ぶつぶつと囁きあう元学友の会話は、綱吉の耳には聞こえていなかった。
ホテルには日本庭園がくっついていた。建物や内装は洋風だが、庭に面するロビーだけは和風の非常に効率的な、かつまとまりのないデザインだ。
庭には池があり、オモチャみたいな灯籠と石の上の小さな鳥居、社まで、全部コンパクトにまとめられている。そういうものなのだろうが、綱吉の枯れた感性ではそれに美を見いだすことは出来なかった。
しかし池の縁に立って笑いながら餌をまく人物が旧友である事ぐらいは分る。
相手をしているのはホテルの従業員だろうか。かっちりした制服にネクタイで魚の餌箱を持っている姿は十分笑えたが、側に立つ人物の服装――キャップ、麻のシャツ、加工しまくったジーパンと見事に砕けた雰囲気を受け入れ、優しく包み、その場に居て不自然じゃなくしていた。さすが。
手を掲げると鯉がぱくぱくと口を開ける様子を、まるで子供みたいにケタケタ笑って大喜びしていた人物は、綱吉に気付くと一瞬表情が失せ、またすぐに、今度はもっと強い笑みになる。
昔と同じだ。
其処で初めて綱吉は極度の緊張を覚えた。
大丈夫だ、何でもないただの過去だと言い聞かせてきた他ならぬ自分自身が、パニックを起こして逃げ出そうとしているのをかろうじて留める。いかにも不自然じゃないか。声をかけなきゃ。
「や、や、や、や……うん」
やまもと、の一言が出てこない。綱吉は俯き、自分の靴先を見つめながら無言で近付いた。
いつの間にかホテルマンは消え失せ、餌箱だけがその場に置いていかれている。俺と彼を二人にするな、怖いんだから。
「久しぶり…」
気付くと庭に出ているのは二人だけだった。
さっきまで宙を舞っていた鳥の姿まで無く、そのくせホールのガラス越しに大勢の気配がしている。この中途半端な空間で何を話せというのか。焦る。
2008.5.29 up
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