二次会に誘われた時点で、断ってしまえば良かったのか。
 酔いがまわりつい頷いてしまったのだ。それからホールのあるカラオケに行って、この大人数だから大騒ぎになって――
『話がある』と言われた時は、いよいよ来たかと思った。
 揃って抜けてホテルまでのタクシーの車内、特に会話も無いまま沈黙の間、ずっとああ言われるかこう怒られるかと悩んでいた。

 罪悪感はいつでも綱吉について回っている。
 結局逃げ出したのは自分だから。
 過ちと言ってしまえばそれまでだ。
 しかしその瞬間まで、綱吉はこのクラスメイトの事が好きだった。
 彼と親しく出来ることがあの頃の自分の一番の幸せだった。もしかするとずっと。
(けどな)
 まだ子供だった自分は、関係に怯えた。逃げた。
 繰り返しかけられる電話も、話があると言って呼び出されても、無視し続けて。二人はどんどん疎遠になっていき、とうとう進路も別れて接点が何も無くなっても――
 それでもまだ安心出来ずに。
(怖いんだ)
 女性と付き合った時、初めてセックスした時、結婚した時までその事実は追いかけてきた。

 綱吉にとって困ることに、それは嫌な思い出ではなかったのだ。
 一度振り返ったら帰れなさそうで、怖いぐらい。
 自分は結局その事をずっと抱えていく事になるのだろうと、絶望的な気分になった。
(…だから、かも)
 今横にその相手が居て、綱吉は怯えると同時に安心もしている。
 少なくとも一人じゃないのだ。
 今はもう二人とも大人で、ひょっとしたらあの出来事を綺麗サッパリ精算する為に山本は来たのかも知れない。忘れたと言ってくれるかもしれない。
 もう酔いなど欠片も残っていない。
 ホテルに着き、タクシーから降りて、ロビーを突っ切って従順に相手に着いていくのも、惰性でしかない。考えている訳ではない。
(フン、未だかつて俺が自分でモノを考えた事があったか?)
 自嘲的な気持ちのまま、部屋に招き入れられ、向かい合って座る。
 どう足掻いても逃げられないと分かってから、綱吉の目は据わっていた。
 どうにでもなれ。
「何か飲む?」
「水が欲しい」
 座り心地の良いソファーに体を沈めて、ネクタイを緩めながら腕を伸ばす。
 冷たい水のグラスを受け取って、礼を言おうと顔を上げた所で、目が合った。

「…ツナ」
 逆さになった友人の顔の、それも久々のドアップに綱吉は口をぽかんと開けて静止した。
 何か言おうとして口を開け、言葉にならないまま名前を呼ぶ。
「なに…」
 逆さのまま口付けようとして、勝手が違ったらしく眉根が寄って険しい表情になる。
 山本は呆然としている綱吉を力ずくで引き上げると、強引に唇を触れ合わせた。
 触れるだけのそれが、どんどん深くなっていく。舌で唇を割られ、開いた口内にぬるりと滑り込む。酒の匂いがした。
「やまもっ…」
 中途半端に呼んだ声が相手の喉奥に消える。
 徐々に体の力が抜けていき、終わりの方はもたれかかるようにして、胸の音を聞いていた。
 こうして他人の体温に触れるのも随分久しぶりな気がする。
 不思議な事に拒否感はなかった。
 触れた瞬間は焦りにも似た感情が起きたが、じきそれも消えてしまった。
「嫌じゃねえ?」
「うん」
 答えてから可笑しくなる。
 あの時と同じやりとり。今なら綱吉も幾分か自信を持って頷けた。
 幾ら迷い、悩む人生とて、自分の体の反応ぐらいは分かる歳になっている。
「よかった」
 ずるりと引き摺られる、力強い腕の感触に目を瞑る。多分お互いの事を考えればこの辺で止めといた方が良いんだろうけど。でも。
「山本は…嫌じゃないの。俺、俺は」
「まさか」
 クッと喉奥で笑い、大きくて厚い手を服の中に滑り込ませる。
 その仕草は手慣れていて余裕があり、今更ながら綱吉は年月の経過を意識した。
 あの時はまだ――



「ごめん。話、後でしような」
 こめかみに唇をあてられたまま喋る、その低い声と喉の動きを見て確信する。

 あれだけ否定して。
 あれだけ悪あがきして。逃げて、逃げても。

 自分が欲しているのは、今も変わらないのだと。


2008.6.6 up


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