会いに行く

 

 道は難しくない。
 少し距離があるか。
 自宅のあるこの郊外の住宅地には、空港から二時間程車を走らせればいい。
 来たばかりの時はスタジアム近くにと考えていたのだが、実際遠征もあるし、早起きが常であるので通うのは苦にならなかった。
 都市部独特の喧噪に悩まされる事を考えれば、ずっと良い。
 デザイナーに故郷の雰囲気をと注文した結果、庭も家もかなり予想と違うものが出来あがってきた――が、これはこれで気に入っている。オリエンタルだか何だか言うのだそうだ。
 出入り禁止にされたトレーニングルームは、陽の光を入れる為広く窓がとられている。高さもあるので其所から敷地への出入りが見渡せた。
 中で到着を待っていたのだが、結局待ちきれずに下へ降りる。
 庭の芝を踏みしめて立てば、その柔らかな感触に気分が幾らかは和らいだ。
 座る気にもならず、手は自然にベンチへ立てかけてあるバットを掴む。
 松葉杖で器用に体を支えながら、片手だけで振る。
 踏み出しが出来ないのが辛いけれども、乾くような欲求が少し宥められたような気がして。
 つい夢中になってしまった。


「山本!」
 車の音が聞こえるよりも前に、その声が耳を貫いた。
 バタンとドアの閉まる音に重なって、柔らかい草の上を走る微かな足音がした。
「ツナ――」
「何してるんだ!」
 振り向くなり、怒鳴られて面食らう。
 正面に見据えた顔は滅多に見ない表情で彩られていた。怒っている。
 叱られた時のヒヤリとした感覚は、多分子供の時以来。
 本当に久しぶりで。
 つい言い訳めいた言葉が口をついて出た。
「痛くないし。ぜんぜん大丈夫」
「松葉杖使ってるのに?」
「だから…」
 其所まで言ってその背後に立つ気配に気付いた。
「――ごめん」
 同じく厳しい顔付きが、即行で謝ると驚きに目を見張る。
 すまないという気持ちもあるのだが、邪魔してくれるなと言う意味合いが強い。
「迎え、ありがとな。わがまま言って悪かった」
 だから早く帰ってくれ。
 言外に臭わせた笑顔を見て、戸惑いが苦笑に切り替わった。
 ああ――そう。本当に察しがよくて助かる。


2011.9.7 up


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