ゾンビが来る!

 

「君にしかできない」

これが仕事ならその顔に唾を吐いてみせるところだ。人心を巧みに操り、敵でさえ自分の僕とするやり方は好かず、それに己が従ったと思われるのも気に障る。
しかし、こぼれそうなほど大きな目を見開き、カタカタと震えながら両手を握り合わせて祈りのように切実に訴えられれば、その足も止まろうというものだ。
XANXUSは心持ち眉を潜めるという、彼にして穏やかな反応を返した。
「頼む、俺を助けると思って」
「………ンだよ」
下手とか演技と言う前に、本気で何かに怯えているようなのだ。
いつもなら茶に誘おうが飲みに誘おうが無視してさっさと行ってしまうXANXUSが足を止めたので、相手はほっとしたようだった。しかし、まだ震えは収まらない。
「………」
プルプルと子犬のように震える沢田綱吉ことボンゴレ10代目は、黙って静かに新聞のテレビ欄を指さした。

………
………
………

「帰る」
「帰らないで―――!!」
机から身を乗り出してひっしとXANXUSの腕にしがみついたツナは、いつものへらへら飄々とした空気も何処へやら、心底ブルっていた。
「頼む、君だけが頼りだ!他の者は話にならないんだ!!」
「知るか!」
「見捨てないでー」





イタリアは知る人ぞ知るゾンビ映画の名産地だ。
B級というかC級………マニアもうんざりするゾンビ映画が無駄に量産されている。
たまたまポッカリ空いてしまった深夜枠を埋めるべくだろうか、このところ連日古いゾンビ映画がゾンビ物というだけで放送されていた。
「暇だったんだ」
胃の痛む会議を終え帰宅した後、眠れなかったのでウッカリテレビをつけたらこうなったとツナは説明した。
ちなみにこうなったというのは、ボンゴレのボスが有する豪華なリビングで豪華なソファーに座り、台にはピザとコーラが並べられ、あたたかそうな膝掛けにくるまって震えている事を指す。
「見なきゃいいだろうが」
「そういう訳には。だって。どれも救いようがないやつばっかで、気分的にスッキリしないんだもん」
「そういうモンなんだよ」
「ひっ………一つぐらいハッピーエンドのゾンビものがあってもいいだろー!」
ハッピーエンドのゾンビものは、ゾンビものとしてどうなのか。
いやその前に、オレはどうして座っているのか。
XANXUSは幾度も我に返るのだが、その度にボンゴレ10代目が涙目でしがみついてくるので動けないでいた。
「お前のとりまきにでも付き合わせろ」
「山本やお兄さんはつまんなくて眠っちゃうっていうし」
オレも眠い、とXANXUSは思った。
「リボーンは人がどきどきしてるときにゾンビマスク被って脅かすからもう絶対嫌だ」
オレもしてやろうか、とXAN(以下略)
「いいいつもは獄寺くんが付き合ってくれるんだけど、彼今仕事で居ないんだよね」
「………」
XANXUSの脳裏に「きゃあっ、怖い!獄寺くん!」「ははは大丈夫ですよ10代目オレが守って差し上げます!ははは!」とバカップルのようにイチャつくツナと獄寺の映像が浮かんだが、まあ概ね間違っては居なかった。ツナが本当は「ぎゃあああああ!!!しっ…死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ食べられる!あああっ!ウヒィー!!」と獄寺の首をぐいぐい絞めていたとしても、獄寺は幸せな表情で「ぐふっ………大丈夫です、じゅう、だい、め………」ガクリ「わー獄寺くん!」………昇天済みだから、大して違いはないのだ。
渋々座り直したXANXUSは、画面が血みどろになっていくのを冷めた目で見詰めていたが、上映開始1分で早くも眠くなってきた。
「ちょっ………オイ何寝てんだよ?!起きててくれなきゃ怖いだろ!」
「うるせー死ね」
「死ねっていうか死ぬっていうかコラ寝るな死ぬぞー!」
ゾンビが襲ってくるうううとぐらぐら揺さぶられてしまう。

元々、暗殺が生業のXANXUSはゾンビ映画を初めとした、グロ系ホラー系サスペンス系はまったくと言って良いほど面白みを感じない。
日常的に人の死に関わっているせいで「だから何?」と思ってしまう。
幽霊物は少し見れるが、幽霊というのは大抵黙ってボウッと突っ立っているだけであり、何がしたいのかサッパリわからない上に見た人間が一人でワアキャア喚いて自滅するので意味不明であり、機嫌が悪いときに見ると苛立ちのままにテレビを壊す危険がある。
あんなものに需要がある事自体彼にとっては理解しがたいのだが、今こうして隣で毛布にくるまったままガタガタ震えている人物を見ると成る程、こういう奴等が世の中には多いのかと今初めて―――真実に気付いた。
「うううーううううう」
唸りながらグイグイと押してくるツナを押し返しながら、ビールの缶を開ける。
プシュッという音にすら跳ね上がって怯えるツナは、自分はコーラを所望した。
「そこにあんだろうが」
「嫌だ。今は極力空気に触れていたくない」
「めんどくせえ………」
「ああありがとう」
カツカツカツカツと小さな音がするので何かと思ったら、コーラの缶にツナの歯があたる音だった。
XANXUSはあきれかえり、自分は湯気を立てているピザに手を伸ばす。

そういえば―――
スプラッタ系の映画は良く記憶に残っている。好んで見ているのではなく、好きなのが隊に居るので。
自分もまたナイフ使いであるベルフェゴールは、画面の血糊に嘘っぽいだのバレバレだだの悪態をつきながらそれでも結構楽しんで見ていて、今や完全なスプラッタマニアと化していた。
同じ刃物使いでもスクアーロの方はさっぱりで、どちらかというと目に入れないようにしている。からかわれるのもしょっちゅうで、その度「お゛ぉぉれは切られるのが怖い訳じゃねぇ………後ろから忍びよってくんのが嫌なだけだぜぇぇぇえ゛?」などと返答しているが、どっちにしたって格好が付かないのに気付いていない。

こうして嫌いなのに見たい、というタイプは一番要領が悪いのだろう。
ピザを二口で平らげながら隣を見ると、ツナは地球外生命体に接触したかのような驚愕面をしてXANXUSを見ていた。
「あぁ?」
「信じらんない………こんなモノ見ながらくいもんくってるよ………」
「お前が置いといたんだろ」
「一応の儀式なの!こんなん見ながら口にものなんて入るかってーの…」
ブツブツと悔しげに文句を言う。チッ!だのチェッ!だの言いながら手のひらの熱で随分生暖かくなったコーラを啜っている。
と、画面ではゾンビが晩餐の真っ最中だった。
ぼぶーっ。
見事なまでに鼻と口両方からコーラを吹いたツナは、顔面を抑えて転げ回った。
「ぎゃああああ!!!!」
「アホか………」
「い、いたい」
ぐしぐしと涙目になりながらティッシュで鼻をかんでいる男を見ると、腹を立てるというより力が抜けてくる。XANXUSは最後の一切れを口に詰め込み、今正にツナが鼻を噛もうととりだしたティッシュの束を横からかっさらって指を拭った。
「あ、畜生、お前のシャツで鼻かんでやる!」
「殺すぞ」
「ああっ!もう無いじゃんか!」
ティッシュは小さな物置に大量に放り込んである。
ツナはいよいよ抜き差しならなくなってきた顔面の状態に、洗面所に駆け込むことにしたようだ。
しかし―――
「こわい………」
「は?」
「ついてきてくれ」
「………」

ばしゃばしゃと顔を洗いながら10秒ごとに後ろを振り返るツナの後ろで、XANXUSはゾンビが来ないよう見張りをしていた。
結局見ている間中こわいと喚き、見終わったら見終わったで眠れない、ゾンビが来ると騒ぐツナに付き合い明け方まで拘束されていた彼は、何時にも増して凄味のある顔で部下の元へ戻ったのだった。



2006.7.3 up


カプVr.

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