※皆さん揃って人外設定です

 

 台所で昼飯の制作にとりかかっていた綱吉は、材料を一つ買い忘れた事に気付いた。
 それがなければ完成しないというのではないが、ないとあるとでは大分違う。
 今から買いに出るか、そのまま作ってしまうかでしばらく悩む。
「…出るか」
 続くのはハァーア、とかなり深い溜め息だった。
 この時期の外出は出来る限り控えたい。普段でも騒がしい界隈は更に騒がしく、普段静かな場所も人で溢れ帰る。
 仕方ない、里帰りの季節だから。
 かく言う綱吉も実に一年ぶりに帰郷した。故郷では一週間程を過ごす。親兄弟、親戚、関わり有る全ての人に挨拶をして酒を酌み交わすのだ。
 綱吉は去年成人を迎えた。出会う人全員に祝福され、飲まされ、酷い二日酔いが四日も続いた。それだけで帰郷の殆どが潰れてしまったくらいに。
 あれは酷い気分だった。でもまあ…
(それだけなら、まだ良いんだけどな)

 上着をひっかけ、古びた財布を握って外に出た。
 案の定、町は既に大騒ぎになっていた。ここでは昼夜の概念が無いからいつでも薄暗く、外灯もない。
 住人達はごく一部を除いて夜目が利くタチだから、そういう心配は要らないのである。
 綱吉も暗闇で物を見るのは得意な一族、彼等の家はいつでも暗い。
 しかし本家や実家の例に従わず、彼は人工の照明を家に持ち込んでいた。暗い部屋は気分が陰鬱になるし、普段暮らしている場所が場所だから慣れないのだ。それにしても騒がしい…
(アレ、店ってやってるのかな?)
 今更そんな事を考えた時、前から見覚えのある顔がやってきた。
「よう、一杯やらないか?」
 声をかけてきたのは、懐かしい人物だった。
 上下とも黒のスーツ、黒の靴。トレードマークとも言える帽子をナナメにかぶり、面白がるような視線を此方に寄越している。
「久しぶり、リボーン。今忙しいから後で」
 まだまだ新米でぺーぺーの綱吉を、立派に独り立ちさせるべくビシビシ鍛え上げた教育係である。
 見た目は二十代半ばぐらいだが、その実一族で最も古い祖の一人。
 とってもとっても偉い上に迫力たっぷりだが、態度が気安いせいでタメ口である。
「オレの誘いを断るとは良い度胸だな」
「ごま油買いに行かなきゃなんないもんで」
「ごま油ァ?」
 素っ頓狂な声を出す、その口端からちらりと鋭い牙が見えた。まずい。何が気に入らなかったのか…
「ごま油だと?」
 ごま油?
「このオレが、ごま油にも劣る男だと。お前はそう言いたいわけだな」
「なんでそうなるのさ」
 絡まれてしまった。既に酔っぱらっているのだろうか?
 じりじり近付いてくるその姿が、黒が、一瞬後ぶわりと空に広がった。



「勘弁してくれよ〜!」
「ハハハ」
 道端に転がされた綱吉が情けない声を上げると、『復活者』は愉快そうに笑った。
 羽根を広げた巨大な蝙蝠に襲われ、次の瞬間には地面に打ち倒されマントでぐるぐる巻きになっている。
 吸血鬼との戦いでは日常茶飯事である。
「相変わらずトロい。トロ過ぎるぞ出来損ないめ」
「いいよそれで…」
 綱吉は一応、吸血鬼の一派に数えられている。
 父親がその中でも由緒ある一族の末裔で、母親は人間である。
 つまりハーフという事になるのだが、この辺がまたちょっとややこしい。
「奈々は何処だ?」
「母さんは用事で来られなかった。近々古家の一つが取り壊しになるって」
「ふぅむ」
 綱吉の母、奈々は人間だが、普通のそれとは少し違っていた。
 彼女の母――綱吉に取っては祖母にあたる女性は、人ではなく妖怪と呼ばれる種だったのである。
 古い家に住み着く座敷童だった祖母は、その家で生まれ育った人の子と思いを通わせ、生まれたのが奈々。
 その奈々が吸血鬼である父との間にもうけた息子が綱吉。
 つまり綱吉は吸血鬼のハーフであると同時に、妖怪のクォーターでもあるのだ。
「だから父さんの分も昼メシ作らないと」
「なるほどな」
 生粋の吸血鬼でないからか、はたまた妖怪の血が混じっているからか、綱吉はどうしても生の血液を受け付けない。
 味を付けないととても食べられないのだ。
 当然生の人間のかぶりついてジュルーッ、なんて事も出来ればやりたくない。それってすごく失礼じゃないのかと、吸血鬼にあるまじき考えすら持っている。
「今日は中華風にするんだ」
「それでか」
 生粋の吸血鬼であるところのリボーンはうんざりしたような顔をして、鼻の頭にシワまで寄せた。
「店は開いてないと思うぞ」
「やっぱりそうだよね…」
 綱吉はガクリと肩を落とす。
 地上とは違い、魔物ばかりが住むこの世界でお店という概念が出来たのもつい最近の事だ。
 通貨も違い、札ではなく古びたコインが主であり、代わりの品で支払われる事も多い。
 そもそも店も儲けを考えているのではなく、人間がする営みを揶揄する目的、つまり遊びであるため真面目なものではない。
「まあいいじゃねえか。オレの家に来い、何かあったと思うぜ」
「でも父さんが…」
「勝手にやるさ。どうせアイツはこの時期酒しか飲まねえよ」
 それは真実である。綱吉の父、家光は無類の酒好きだった。
 しかしそれはそれで良いことだと思う。
(この時期のバカ騒ぎに父さんが関わってないってのは、それだけでありがたいからな)
 故郷の習慣として、無事成人した者はある権利を有する。
 すなわち繁殖だ。
 出来るだけ多くの相手と交わり、子供を増やすこと。
 彼等は非常にレアであり、数は年々減り続けているから、打開策として百年ほど前から続けられている。
 元々奔放な彼等の性も相まって、その関係は同種族だけでなく、魅力を感じた全ての相手に――普段は近付かないようなものでも――性的アプローチを仕掛けるのである。
 綱吉としては、あれだけ愛し合っている両親が、父の事を一途に想い続けている母が悲しむような事にはなって欲しくない。
 知らぬ弟妹が増えるのも、出来れば勘弁して貰いたい。
 故に毎年この時期だけは、酒呑みの父を暖かい気持ちで見守る事が出来るのだ。
(まあ、そうだよな。父さんはいいか)
 断る理由は特にない。
「うーん…」
 綱吉はリボーンの『家』を思い浮かべた。
 魔物が住むこの地下世界、人の住む地上世界とはほんの少ししか離れていない。
 綱吉がココに来るまでに要した時間は約二十分。電車を乗り継ぎ、入り口の一つから入ってサササッと来られる。
 けれども実際はそんなに近い筈はなく、これは魔物連中の空間を制御技術が優れているからだ。住人として認証されている綱吉が来るとゲートは開くが、それ以外の人間が突っ込んでも壁に激突するのがオチである。
 正確には独立した空間とか何とか…まあ、詳しくは知らないのだが、この洞窟世界はかなり広い。
 その昔、リボーン他幾人かの各闇の眷属の祖が、地上の強い日光を避ける為に協力して作り上げた特別な場所だ。
 強い力を持つ彼等や、別種族とのハーフである綱吉は日光ぐらい平気だが、生まれたての赤子や力の弱い連中にとって陽の光は毒なのだ。
 この空間はそう言った連中のゆりかごとなり、楽園となった。
 人の溢れている地上と違い、仲間しかいないこの世界はいつしか故郷と呼ばれるようになり、通年此処で暮らしている者以外は、懐かしい里帰りの場所となる。
 身ごもった女性の多くがこの場所で子育てをするからだ。
 それに携わった一人であるリボーンは、吸血鬼一族だけでなくこの世界の祖でもある。
 当然それに相応しい住まいを与えられている。家というより城、という感じ。
 この時期大勢の崇拝者がリボーン様参りにやってくるし、彼等が酒や興奮剤を多用し、綱吉には些か馴染みにくい世界を形成していることは想像に難くない。
「悪いけど…」
 断りの言葉を口に乗せた途端、リボーンは腕組みをし、ナナメの視線を寄越した。
「そうかお前…まーだやってねえのか」
「うっ…」
「去年は酒呑んでぶっ倒れてただけだもんな。そーかそーか」
 リボーンは厳しくも頼もしい教育者だ。
 綱吉は――そりゃあ最初はかなり嫌だったが、今は感謝している。自分が此処にこうして無事で居るのも、彼のおかげである。
 しかしそれとこれとは話が別で、この方面だけはどうしても教えに従いたくない。
「来い」
「いやだあ〜〜〜!」
 ちょっとは人間でもある綱吉、この習慣だけは理解出来ない。
「馬鹿野郎、言っただろう。オレ達は数が少ないんだぞ」
「嫌な物は嫌なんだよ!」
「一族に対する義務でもある」
 中でも吸血鬼は繁殖力が弱い。
 それを補う為に噛み傷による二次感染という能力が発達したのだろう。しかし、感染した吸血鬼は純粋のそれとは違い、日光に弱く寿命で死ぬこともある、不完全な種だ。
「いいから任せろって」
「要らねえー! 遠慮する!」
 魂胆は分かっている。どうせ気性の荒い女がたくさん居る部屋に放り出すつもりなのだ。
 吸血鬼達は少子化解決の為に、比較的繁殖力の強い獣人の一族と関係を持つのが良いとされている。
 だから新米達は大抵そういう目に遭わされる。
(こっちだって話を聞いてるんだ。絶対ついてかないぞ!)
 電柱にしがみついて(この辺の街並みは人間の世界、それも東京の下町を真似ている)頑張る綱吉に、リボーンはハッ、と獣のような威嚇を見せた。
 牙が剥いて恐ろしい顔になるが、長く彼と付き合っている綱吉は慣れっこだった。
「仕方ねぇなあ」
 フーッと憂鬱そうな溜め息を吐いて、リボーンは手を離す。
 やっと諦めてくれたと、ほっとしたのも束の間だった。その腕が腰にぎゅっと絡んできたかと思うと、鼻先が擦れあいそうな距離に顔があった。
「な、な、なん」
「初心者には、オレ様が手取り足取り優しく教えてやろう」
「ええっ?!」
「心配すんな。痛くしねーから」
「そ、そういう問題じゃないだろ! おおおお前」
「まったく手間のかかる坊やだな…」
「ギャーッ!」
 どんな嫌がらせか知らないが、もの凄いダメージだ。
 綱吉は咄嗟に自分のもう一つの力を発揮する。
「おっ」
 綱吉の体は小さく縮み、リボーンの腕からころりと抜け落ちる。
 絣の着物を着、帯を締めた子供はその姿に見合わぬスピードで通りを駆け去ってしまった。
「チッ、逃がしちまった」


2009.3.11 up


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