※皆さん揃って人外設定です
「うん?」
地震のように地面が揺れる。流石に気になったのだろう、男は窓越しに外を見た。
この世界では天気も火山活動も無い。強い風が吹くのは決まって夜で、これは演出の為である。
不思議そうに視線を巡らしている男の手を、童はなんとか外そうと頑張った。
「う、う」
しゃくり上げる音と比例して、ガタガタ車の揺れが酷くなる。男が怪訝な顔で目の前の童を見た時だった。
ゴゴゴゴゴと連続した地鳴りが響いたと同時に、目の前の沼がパックリ割れ、水がみるみる間に引いていく。
土が崩れ、木々が倒れ、驚いた動物が飛び出して騒ぎ、辺りは騒然となった。
突然の天変地異にたまりかね、男は車からするりと抜け出す。
「キミがやってるの?」
「……」
童から返ってくるのは、怯えたような目つきだけだ。
もっと詳しく問い質そうとしたが、掴んでいた筈の手はいつの間にか外れているし、童は相変わらず目の前に立っているのだが、どんどんその印象が薄くなっていく。
夢魔の男が思ったのは、彼等が使う相手の夢や意識を操る方法だが、それとは少し違う。綱吉は自分の意志で自らの存在を薄くして、完全にこの場から消えてなくなろうとしていた。
「どこに…」
行ったのだと問う頃には、小さな子供の姿はその場から消えていた。
やがて夢魔の男の記憶からもそれは薄れた。
彼は車に戻り、なぜ自分が此処に居るのだろうと不思議に思いながら元来た道を戻っていった。
(怖い目に遭った…)
それを物陰から見ていた綱吉は、こっそり安堵の溜め息を吐いた。
お菓子につられたばっかりに、拐かされる所だった。
綱吉はふわふわとした足取りでその場を逃げ出したが、薄くなったままなので傍目には何だかモヤモヤしたものがうろついているようにしか見えない。
(こりゃあいいや)
面倒事ばかり起こるので、このまま戻る事にする。
林を突っ切れば知っている道に出るだろう…と実にお気楽な気持ちで進んでいた綱吉は、どんどん狭くなっていく道幅に気付かなかった。おかしいな、と思った頃には完全に山の中の迷子である。
街の迷子と違い、山の迷子はシャレにならない。
道を尋ねようにもまず人が居ないし、木が邪魔で辺りの風景も見えず、徐々に日が暮れてきたりなどすると寂しさ倍増である。
こうなるとさっきの変態でも知り合いの変態でもいないよりはマシだ。
(誰か。誰でもいいから…)
その"誰か"は、血塗れで地面に転がっていた。
獣人族はその性質から、そこそこ深い森の中に屋敷を構える事が多い。
中でも魔界の一等地と名高い湖畔の一軒から、怒声と悲鳴と盛大に窓ガラスが割れる音がセットで響く――
割と、いつもある光景である。
たった今自らの体で出口を作ってしまったヒョロ長い影が、ヨロヨロとその場に立ち上がった。
「チクショー…無茶しやがってぇ…」
ぶつくさ言いながら頭から血をだらだら流しているのは、綱吉と跡目争いのライバル、ザンザスの部下であるスクアーロだった。
彼は連日にバカ騒ぎに馴染めず、薄暗い自室で惰眠を貪っていたらすっかり色つや良くなってしまったのだ。
だがスクアーロ自身は獣人ではない。
由緒ある吸血鬼の一族に生まれたのだが、獣人の血の濃いザンザスに忠誠を誓ってしまい、日々扱き使われている変わり者だ。
その変わり者が見るところによると、この近辺は今の時期大変な騒ぎである。
獣人はその荒い気性と相まって繁殖の季節になると手がつけられない。
普段は気の良い、面倒見の良い女達の様子がガラリと変わり、相手を求めてグイグイ積極的に迫る様は、好き者ならたまらない光景だろうが――
(ついていけねえ…)
幾ら一族存亡の危機とか言われても、好みの問題があるのだ。それに…
「めんどくせえなぁもう」
屋敷をぐるりと囲む気配に、主がピリピリしていたのは分かっている。
仕方ない。獣人に限らず、多種族の女も全て――強いオスに群がるのは自然の摂理だ。
そのオスの気分が乗っている時は構わない。
悲惨なのは乗ってないばかりか最悪だった時である。
普段とてあまり良い訳ではない主の機嫌は、先日跡目争いで人間臭いアホいガキに負けた事で悪化の一途を辿っていた。
当分そんな気になれないであろう事は、近くに居た自分が良く分かっている。
さりげなく追い払おうとしても、周囲が騒いでは八つ当たりされてこのザマだ。
「割れてねぇだろうな…」
額を拭った手のひらを舐める。
(腹減った)
沢山眠った後は、食事の時間だ。
適当にエサを見繕うかと視線を巡らした時、変なものが目に入った。
「ん?」
生きてるのか涸れてるのか分からない、くすんだ色の森。
淀んだ水を湛えた湖。
湖畔には西洋屋敷が建ち並び、陰鬱で実に気持ちの良いいつも通りの風景に、見覚えのある着物姿の子供が一人鼻をグズつかせながら山道を下ってくる――という。
ガキは転げるように坂道を降りると、一目散に此方へ駆けてきた。
「あっ」
「あぁ?」
咄嗟に凄むが、無視される。
その足は止まらない。体当たりされ、すわどんな攻撃かと構えたが、足にひしと抱きついてきたので仰天した。
「な、なんだ」
「う、うう、グス」
「おいガキ、離れろ!」
「こ、こわい…ひとが…」
振り回そうが引っ張ろうがビクともしない。
メソメソ泣くばかりの子供を足に貼り付けて、途方に暮れる。
(連れて帰ったらソッコー殺されるよな、コイツ)
「あー…」
がしがしと頭を掻く乱暴な仕草に、童の姿をした主のライバルは潤んだ目を見開いた。
「…何やってんだぁ。さっさと失せな」
「えうっ…」
「オラァ、グズグズしてっと面倒な事になんだろが」
「…う…かえりみち…わかんなっ…」
「はあああ?」
「うう」
またじわりと涙がにじんでくる。
泣かれると面倒だ。舌打ちしてその身体を抱き上げると、真ん丸い目が無言で此方を見ていた。
「あのな」
此処にいると、ウチのボスが頭からバリバリ食っちまうぜと忠告していたスクアーロは、その『ウチのボス』がずんずん後ろから近付いている事に気付かなかった。
「だからさっさと…」
「ヒッ!?」
「あん?」
蒼白な顔で息を呑む童の視線を追って、振り向く。
と同時、顔面に拳が抉り込み――スクアーロは再び血塗れで地面に転がった。
2009.4.1 up
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