※皆さん揃って人外設定です

 

 スクアーロは今、大変信じ難い思いでいた。
 連れの少年は物珍しそうな視線を周囲に注ぎ、落ち着き無くそわそわしている。
 だが恐がっているようではない。
 これはおかしい。こいつは――スクアーロの記憶によれば非常に臆病で、厄介事などごめんだと公言するほど面倒くさがりなのだ。
 過去命を狙った事のある自分に喜んでついてくるのもおかしいし、何よりあの主に会いたいと言うのが信じられない。何か悪いモンでも食ったんじゃねえか。
「うん…ん! んっ」
 先程から口元を抑えて妙な声を出しているのも、頻りに口の周りを拭くような仕草も、怪しさ満点である。
 しかし自分の用事はこの少年の様子を窺ってくる事だった。
 様子どころか自分から来たいと言うのだから、これは一番手っ取り早い。何も躊躇う理由は無い。筈だ。
「すごい所に泊まってるんだな」
 エレベーターが部屋に直行なのも、一フロアが丸々一つの客室なのも、初めて知ったと無邪気に感心してみせる。
 新しい戦法なのだろうか――疑問に思いつつ、そのまま部屋に連れてきてしまうスクアーロである。
(まあいい。直接会わせたら、なんとかなんだろ。っつかするだろアイツが)
「戻ったぜぇー」
「こんにちはー」



 ガチャ、とロックの外れる音が聞こえ、ドアが開く。
 予想外の人物がそこへ立っていた。
「……」
 滅多に自分で動くことをしないザンザスが、自らドアを開けて小さな訪問者を凝視している。
「あっ」
 その顔を見たツナは、まったく予想外の顔をした。
 いつもは恐怖に引き攣るその表情が、涎を垂らさんばかりの笑顔になったのだ。
(ってか)
 マジでたれてんじゃねーか…?
 ぎょっとするスクアーロの前で、ツナは素早く口元を覆い、息荒くハアハアと震え出した。
「ごめん、いきなり来ちゃって。ホント。あの、ちょっといい?」
「……入れ」
 しばし呆然としていたザンザスだが、大変大変珍しい事に自ら身を引いて客人を中に入れる。
 ちらりともスクアーロに視線をやる事無く。
(なんだこの光景)
 妙な汗が出てくる。おかしい。多分――
(こいつのせいだ)
 前を行く小さな頭がぴょこぴょこ揺れる。
 その浮ついた足取りに、何か変だと感じる。はっきりとは分からないが。
「あ、他、誰もいないんだ」
「…出かけた」
「そうなんだ」
 まともな会話をしている。なんという奇跡だろうか。
 目頭が熱くなりかけたスクアーロだったが、つまり他の奴等が居ねえっつー事は、オレが茶を入れなきゃならんのだな、と理解していた。

 だがそれは要らぬ気遣いであった。
 奥の部屋の、定位置である椅子にどっかと座ったザンザスに続き、ツナもまた座った。
 というよりよじ登ったと言った方が正しいか。
「……」
「……」
 無言で、超至近距離で見つめ合う二人。
「ってええええ、オイッ!」
 臆病な筈のチビは椅子に座った主の膝の上に乗り上げ、肩を押さえてハアハアしているのだった。
「何やってんだお前っ、わーっ!」
「ごめん。も、俺、我慢できそうになくて…」
 ヒイイ。
 どうしたらいいのか分からず、しかして騒ぎ立てれば主がヘソを曲げるやも知れぬ。
 スクアーロは全ての思いを飲み込んで、その場に凍り付いた。
 されている方はと言えば、相変わらずの仏頂面だが――
(怒って…ねえっ…!)
 寧ろ面白がっているようにも見える。
 とにかく邪魔をするのは得策ではないようだ。
 その間も、ツナはますます妙な振る舞いをエスカレートさせている。
 視線を外さないまま、ギリギリまで首を傾け――耐えきれないというように目を瞑る。鼻先を首筋に押しつける。
「こんなこと、頼める義理じゃないって分かってるけど……ごめん!」


 ガブリッ。


 思い切りよく大口を開けて噛み付いたツナは、ずるずると派手な音を立てて吸い上げた。
 ズズーッ、ズルー、ジューッ。
「うぷっ」
 う、美しくない。
 そこそこ経験の積んだ吸血鬼であるところのスクアーロは、そのヘタクソな吸い方と勢いの良い飲みっぷりに気分が悪くなってきた。
 ――酷ぇ。
 吸血鬼にもマナーというものがある。
 相手を威嚇する為にワザと荒い食事を見せつける事もあるが、大抵は――音を立てず、啜り上げず、喉を鳴らして飲むなどもってのほか。最低限相手にだけ聞こえる程度のごくん、が理想である。
 そもそもあんなデリカシーの無い吸い方はありえない。
 吸血というのはもっと秘められた行為であり、雰囲気とか色々……あるだろうが! なんだその樽から直接酒飲むような乱暴なのは! ねーよ!
 あまりの醜態に、スクアーロは止めさせようと一歩踏み出したが。
「うっ」
 主の方は気分を害したようではなく、逆にちょっと、嬉しそうだったりする光景を見てショックを受けた。
 獣人の食事は吸血鬼のそれとは真逆。
 肉を食い千切り、中身を鼻先で突き回し、引きちぎって丸呑みするような。
 獣性の象徴とも言える激しい行為なのだった。
 普段主が人の姿をしている時は、特に意識しない習慣である。
(まあ……趣味はそれぞれだよな)
 本人達が良いなら、それはそれで。
 この血の気の多い主に限っては、吸われすぎて貧血なんて事は無いだろう。
「あ……オレ、ちょっと出てくるわ…」


2010.2.16 up


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