06.

 

 なんでもいい、という言葉がこんなに苛立つものだとは知らなかった。
 カイジとて、服を選ぶのに時間をかける方ではない。こだわりも特にない。それでも好みというものはあるらしく、結局似た服ばかり買ってしまう。
「なんか、ねえのかよ」
「どうでもいい」
 このやろう。
 声に出さずに口だけ言って、棚から乱暴に取り出した一枚を拡げる。
「ほら」
「うん。もう、それでいいから」
「色ぐらい見ろ!」
「……」
 駄目だこりゃ。
 アカギの視線は服どころか、店の外に飛び出している。
 つられてそっちを見ても、特に変わった様子はない。普通の買い物客が普通に買い物をしているだけだ。
(平日の割に人が出てるな)
 電車で二駅ほどの所にある、大型のショッピングセンター。
 値段は庶民的で、客層は親子連れや学生が目立っている。普段足を運ぶ場所ではないが、全部一気に揃えようとしたらこうなった。
(なんか居心地悪ィなあ…)
 明るい店内。声を張り上げる店員。
 幸せという言葉を顔面に貼り付けているような朗らかな客。
 どれも視界に入れているだけで全身がムズムズと痒くなる。
「とにかく…」
 そんな生ぬるい光景に、一人浮いているオレ……いや、こいつもか。
 なんかちょっとホッとする自分が嫌だ。
「一つだけでも選べ」
「そんな事よりカイジさん、メシ食いに行こ」
「そんな事じゃねえ、お前の服だろうが! 終わったら食う。オレも腹減ってんだぞ」
「面倒だな…」
 フーッと大きなため息を吐いた後、アカギは店内をさくさくと動き回り、数枚の服を手に持つと真っ直ぐレジに向かっていく。
 店員がレジを通しているのを見ると、それはいずれも彼に似合ったものだった。
「やりゃあできるじゃねーか。さっさとしろよ」
 何を出し惜しみしてるんだとつつくと、うんざりした表情で首を振る。
「本当にどうでもいい」
 つまらなそうな顔だった。
 ずらりと店が並んだこの場所で、どの品物の前を通っても、この子供が興味を示す事はない。
 欲しい物は無いかと尋ねても、此方の顔をじっと見てくるだけである。まるで可愛げがない。
 無論己とて、積極的に世話を焼くタチではない。やりにくい所もあるだろうが――それにしても。
「うわっ」
 金額を告げられ財布を出そうとした所で、カイジはとんでもないものを見た。
 アカギが手を突っ込んでいたポケットから、ばらばらと二つ折りの札が落ちる。
 それも全部万札で、幾枚かまとまって折られている。なんだこれ。幾らになるんだ?
「おまえ、それ、どどどどっから」
「大丈夫」
 なにが。





「お前が真っ先に買うべきなのは財布だ」
「後にしようよ」
 まだ背筋がゾクゾクしている。
 床に落ちた金を拾って渡してやると、このガキはまた元の場所へと無造作に突っ込んだ。
「落としたらどうするっ」
「別にいいんじゃない」
「いいわけあるか!」
 カイジは必死で記憶を掘り起こしていた。
(こいつが店に来た時は間違いなく一文無しだった筈……オレはまとまった金なんか渡してない!)
 せいぜいがメシ代で、他に金を渡した時と言えば――
「ああっ」
 あれだ。買い物を頼んだ時。
 細かい札が無くて一万円渡した。
 ほんの十分程で着く筈のコンビニへ昼に行って、夜帰って来やがった時か。
 しかし釣りはキッチリ合っていたし、けろりとただいまを言いやがるし、そもそも接客中でそれどころではなかった。
 煙草が遅れた文句ぐらいは言ったかも知れない。
「何やった。麻雀か?」
 アカギは肩を竦め、口元だけで笑った。
 大体そんな所だろう。
 パチンコはカメラがあるし、正面に警備員が居る。近年取締が厳しくなっている事もあって未成年の入店は難しい。
「そりゃ絡まれるわ……とんでもねえやつだな」
「大した勝負はしてない」
(よくもまあ堂々と…)
 ポケットに入っている金額を見たらとてもそうは思えない。
 もしくは少額でも、常に勝ち続ければ。
(いや。まさか…な)
 本人は至ってのんきなものだ。いかにも興味なさげに手元を一瞥し、「欲しいならやる」とズレた事を言い出す始末。
「うるせえ。ガキの癖に、お前に必要なのは財布」
「しつこい」
「マジックテープのな! クソ、とりあえず今はメシだ」

 

 

 

 

2010.4.29