うでが重い。


マア、俺も30の坂を越えると正直からだが言うこときかねえなって状況がある。たまにだけどねたまに!
………とし食ったなあって思うよ、つくづく。正直なところはさ。
まず朝起きるのが辛いだろー、俺は低血圧だから起きるのに1時間はごろごろしてないと気が済まないんだ。
けどリボーンのやつが、あ、リボーンってのは俺の専属家庭教師です。ちょー優秀なんであちこちからひっぱりだこなんだけど、俺がちっともダメダメから成長しないのでなんとびっくり17年あまりお世話になっております―――グズはキライだとか言ってガスガス蹴ってくるので起きざるをえないというか、平穏無事な目覚めは彼の出張時以外は存在しないのだけどね。


話を戻して。
えー、俺はどうしたんだっけ?
いつも目覚めは最悪。寝相は悪くないのに、この時間ベッドから転がり落ちるこの悲哀よ。
いいとしした大人が、へへ、30の大人が、頭から床に突っ込むですよ。みっともないですよ。自分でも分かってますよ。
はぁぁ。
「…ァ」
おわっ、なにこの弱々しい息。青息吐息ってこのことじゃないの?
おかしいなあ、風邪でもひいたのかなあ。喉がぜいぜいして、体がちっとも動かないぞ?酒飲んだのかな。それとも20時間耐久書類レース明けだったのか………
「ごぼ」
ゴボって。
おかしいな、おかしいよなあ?


再度持ち上げようとした腕が、びくびくと痙攣している。
ようやく微かに戻ってきた体の感覚は明らかに異常だった。俺はこれを知っている、まさか。
危機感を抱いて目を開けた。途端、大声で叫んだ。
助けてくれ!
目の前にあるのは水だ。どろりと粘っこい水、それが俺の息を塞いでいる。滅茶苦茶に腕を振り回すと唐突に手が水を抜けた。どんどん水かさは減って、そうか、俺の隣でズゴゴゴ言ってンのは排水溝か。
髪を引っ張られながらもがいていると、やがて水は完璧に抜けた。俺は這々の体でそこから這い出した。
少なくとも、這い出そうとしたんだ。
「フギャッ」
ごろごろと転がって、顔から落ちる。俺にはいつも笑いの神が光臨しているんじゃないだろうか。
おぼつかないがくがくとした体を引きずって仰向けになって息を吸う。必死で必死で息を吸う。苦しい。
がぁぼって嫌な音がして気管からあの水が一気に出てきた。





「おめでとさん」
ぱちぱちぱちと手を叩く音がして、転がったみじめな俺の視界に黒光りする革靴。
「なに……なにが、おめでと、だって…」
「人生二個目の誕生日が出来て良かったな、ツナ。さあ起きて俺の目を見ろ」
「りぼーん、勘弁してよ………やっぱお前の仕業………か………」
顔を上げ、俺はまたも悲鳴を上げそうになった。
そこにいた男は俺の知っているリボーンじゃなかった。いや、黒服黒帽子でちゃんとリボーンなのだが、何かが違っていた。
「怯えるな、俺だ」
「知ってるよ!知ってるけどなんか………違うんだよ!」
「寒くはないか」
「寒いさ!」
本当だった。俺はさっきから歯の根があわない。
ガクガクと震えながら。立ち上がろうとしてはっとした。


蛍光灯の眩しい光に照らされた俺の腕は哀れなほどにやせ細って、掴んで力を入れれば砕けそうなほどだ。
病気だったのか、いや、そんな記憶はないのに。


冷たさと水のぬるみでべちゃべちゃする体に、白衣をかけられる。リボーンのくせにやけに優しい。きもちわるい。
「お前なんかヘンなもんでも食ったのか」
「ダメツナじゃあるまいし」
「おうおう、俺はダメツナですよ。お前は優秀なリボーンさまだよなァ」
「………生まれたばっかだってのに、やたら元気だなお前。キンキン高い声で喋るな神経にさわる。そのうるさい口を閉じろ」
「そんな…」
二度目のはっ。確かに俺の声は高い。ヘリウムガスでも吸ったみたいだ!
「ちょっ、なん」
喉に手を当てる。やっぱりここも悲惨なほどに小さいし、細い。
裸の喉から胸へ、腹へ、手を滑らせると全部―――
「―――ひっ」
目の前でリボーンは耳に指を突っ込んだ。顰め面で目まで閉じやがった!
しかしそれに構う余裕はなく、俺はその"キンキン高い神経にさわる声"で絶叫した。
「ぎゃああああああああ―――っ」



「おおおおおお、おん、おん、おれ」
「うるさい落ち着けうぞうぞ蠢くな。気色悪い」
「なん、なんで、なにが、りぼっ、おまっ………ありえねえ!!」
俺は自分の絶叫で鼓膜が破れるかと思ったが、すぐに気を取り直してリボーンに噛み付いた。
「有り得なくはない。現にお前の体は」
「アーッ、アーッ、アーアーアー聞こえないーッ!!」
「うるせえ」
ごいんっとげんこつをもらって、俺は黙った。
いつやられてもリボーンのゲンコは痛い………こいつはこれでも手加減してるのに。
「仕方ねえだろう。お前の前の体は打たれて刺されて毒までくらってぐじゃぐじゃになっちまってた」
「ひいぃっ」
「俺が首をとばさなけりゃ、脳までいってたんだぜ。感謝しろ」
「………………ちょっとまて」
俺の耳が正しければ、コイツは俺の首をスパッと………
「おまえ、俺を殺したのか!」
「人聞きの悪い。どうせ死ぬ体だ、それに命を助けるためだ」
「うげえーっ」
血まみれの俺の首をスパンとはねて、ぶらぶら持ち歩くリボーンというシュールな光景を想像してしまった。残酷描写有りにつき、15歳未満はご遠慮下さいだ。
俺は倍の30だが、やっぱり遠慮したかった。
「体はかわっちまったが脳みそはそのままだぞ。記憶障害もないし、良かったな俺のおかげだ感謝しろ」
「できるかあぁぁぁ!おれっ、オンナんなってんだぞ!?どーゆーことだよ説明しろよ!」
寒くて撫でさすろうとしたら胸にあたって、小さいけどむにゃあって柔らかい感触がする。ひええ。
俺は涙目になってしまった。

 

 

 


 

 

 

「ボンゴレお抱えのオタク生物学者が細胞片から再生するクローン技術を開発したって報告を覚えているか?」
「覚えてるわけないだろ」
「威張るなバカ」
いつもならここで鉄拳が飛んでくるところ。
しかし今リボーンは気味が悪いほど丁寧で優しかった。転がった俺を起こし、支えて静かに話す。
実はいつもよりずっと怖い。
「お前がやられる5年前だ。勿論最優先でお前のを作ってた」
「ひ、ひとの知らないところで変な研究させんなよ!」
「お前だって了承印を押したんだ。今更そんなのは通用しねえ」
「ぐぅ」
「その際、様々パターンを作って培養したそうなんだがな、使える程育っていたのはこの1体のみだ。お前ピンの細胞のやつはことごとく失敗した。細胞まで根性がねえ」
「ひ、酷い。そういう問題じゃない…」
「これはお前の細胞と、奈々のとを掛け合わせた女性体だ。成長も安定しているし、生命維持に支障無いどころか若返って万々歳」
「うっそ!うそだあ!オンナやだあ!」
「生きてるだけでもめっけもんだろ」
うう、事情は分かったけど。
まだ頭は真っ白のままだし、寒くて寒くて震えが止まらない。それに―――
「欠陥無いっていうけど、動かないぞこの体、ど、どうすんだよ」
「焦るな。手術の後丸2年浸かってたんだ動かないのは当たり前だ。これからリハビリをしなけりゃな」
「俺の―――元の体は」
「処分した」
「ヒエーっ!」





リボーンはそれから俺をシャワー室に連れて行き、床に座らせてボタンを押して引っ込んだ。途端に熱いお湯が頭に降ってきて、体は温まったけど相変わらず体が動く気配はない。
腕を動かそうとすると足が、足を動かそうとすると指が、もう嫌になってきた。
シャワー室には大きな鏡があり、俺は見たくないけど視線を下に向けるとうわあお、という状況なので渋々前を見る。


鏡の中にはちっこくて、貧弱で、ぐしょぬれの今にも泣きそうな顔をした俺がいた。
13、4ぐらいだろうか。
相変わらず人の言うことを聞かない髪と、コレと言って特徴のない顔が棒みたいにやせ細った体にくっついている。
そうか、あれだ。
キディポ●ノ。
見ているとじんわり罪悪感が沸くところが、特に。


「なにもここまで忠実に再現してくれなくっても………」
折角なら、立派な胸とか美人な顔とかをつけてくれれば。
それなり、2、3日は楽しかったろう………
やっぱよくない。
それはそれできもちわるい。


「もういいか」
苛々したようなリボーンの声がした。こいつは待たされるのがキライなんだ。
「体があったまったって意味ならね。変な匂いついてない?嫌だなあ」
「人工羊水だ」
シャッとカーテンがひかれ、タオルを持ったリボーンがいた。最初見たときに感じた違和感は、彼が成長した故のものだった。
更に背は伸び、顎や首のラインが逞しくなり、もう少年には見えない。
「お前、幾つよ?」
「もうすぐハタチになる」
「そりゃ…大きくなったなぁ………」
「お前は小せぇなァ。どこもかしこも」
ぺたり。
胸に手を置かれ、尻まで掴まれた。
けど俺はまだ自覚が足りないらしく、キャアとかは言わなかった。
「仕方ないだろ、母さんみたら分かるだろー」
「ガキ」
乱暴にがしがし拭われて、髪の毛をひっぱられる。濡れたので一時へにゃんとしていたそれがまた元気に持ち上がった。
「変わらねえな」

珍しさに俺は目を見はった。確かに今、リボーンは笑った。懐かしそうに。
そうか。
俺は目覚めたばっかりだけど、こいつは………2年ぶりなんだ。俺が死んでから。

「ただいま、リボーン」
動きの鈍い腕を無理矢理、がんばってもちあげて、拭いてくれている手をくぐって肩を抱………いたつもりが、身長差がありすぎてとどかなかった。腹にしがみついた。
まるでお父さんと娘ぐらいの体格差になってしまってるけど、それでも気持ちだけは伝わってるといい。
「ありがとう」
「………ふん」

 

 


感覚を掴めるようになるまで早くて3日、普通で1週間かかるそうだ。
シャワーで体を温めたはいいが、足の先はぴくりとも動かなくなってしまった。
腕はなんとかなる。最初はぐねぐねと気持ち悪い動きばかりしていたが、今はどうにか、軽いものなら持てる。
恐ろしくのろいけど………

「リボーン、ここに他の人間はいないの?」
よいしょとも言わず。無言で軽々と人の体を持ち上げた男に(もう立派な大人だな!)問うと、馬鹿にしきったような視線がかえってくる。
「腐ってもボスの言うことじゃねーな。殺されかけたくせに。研究員は出払ってる。事情を説明すんのもメンドーだから社員旅行にいかせた」
「は」
「そもそもな、お前が生きてること自体皆知らねえ。2年間ボンゴレはボス不在のままでやってきた。裏方は山本と獄寺が」
「ほえっ」
「これからアジトの一つに行くが、ウロチョロすんじゃねえぞ………色々まずいことがある。黙ってイイコにしてな」
「ちょっちょっちょっとまて!」
怪訝な顔してるけどな、あのな。
「俺ハダカなんだけど!」
「………うっかりしてた」
お前でもうっかりすることあんのかよ。
面倒そうにチッとか舌打ちされて気分が悪い。俺だって気分が悪い。
昨日まで俺は30のおじさんだったのに、今では10代の女の子だ。頼りない細っちい体、や、前もあんまり頼りなかったけど、でも今よりは全然マシだった。
こんな細腕じゃ銃も撃てやしない!
「これでも着てろ」
リボーンの象徴とも言うべき黒スーツの上着を貸してくれるらしい。すっげえ。
でも着てろって言われてもねえ。
じろりと上を見ると、ため息をついてリボーンは着せてくれた。で、着てみて気付いたんだけど。
「明らかにこのぺったんこの胸が見えますなあ」
サイズが違い過ぎるし、前は開くし、酷いや、これ。
長さは腿あたりまであるから十分だと思うが。
「気にするな。どうせ俺が運ぶんだめんどくせえ」
「お手数かけます………」
俺のせいじゃないけどな。

意識的には昨日の事のようだが、体………脳みそだけ!的には2年、他に至っては初めてのシャバ。
生まれたばかりってのは本当らしく、風が肌に吹き付けるだけでぴりぴりとした感触が走る。
車に乗ってからは窓を開けるなんてのんきなことはこの職業についてからしたことないので、俺は言われたとおり大人しく後部座席でごろごろしていた。
リボーンの運転も久しぶり………ということになるのかな。
「2年間、長いけど、要約すると何があった?」
「そうだな………お前のいないボンゴレは、優秀だぜ」
「………さいですか」
落ち込むぞ、それ。
「だが余裕がない。これは、あまりよくねえ」
バックミラー越しに、ちらりと視線を寄越される。
「だから起こしたのさ」
「ちなみに、今の俺はいくつよ?」
「脳みそは30、体の方は15で作ってある」
「15歳?!ウッソだろ?!!?」
ちっせえー!と叫ぶと、丁度信号待ちで止まったこともありリボーンは後ろを向いてにやりと笑って見せた。
「チビだもんな、お前」
「う、うぐ、くそ…」
2年経ってもこーゆーところは全然かわってねえ!
むしろ、こうして会話していくとどんどん勘が戻ってるみたいで、嫌みと毒舌は酷くなる一方だ。
「アジトに着いたら俺は服を調達してくる。お前は望み通り風呂に入ればいい」
「入ればいいって、動かないんだけど」
「腕はいいみたいじゃねえか」
ちっ、鋭い。
でもこれ、ちょっと動かすだけで痛んだりしびれたりするんで大分不安だ。
「入れてくれないのか?」
「甘ったれんじゃねー」
即答だしよ。ケチ。
でもそれよりも、気になることがあったもんで俺はそれ以上ねだらなかった。どうせムダだし。
「服って、女物なんかゴメンだぞ」
「わかったわかった」

通りで車を降りるときも、素早くささっと。
なにしろ俺は借りたスーツの上着の他はハダカなもんで、下着すらつけてないので、これ知り合いが見たらリボーンは変態かと思われるんじゃないだろうか。
リボーンは慣れた仕草で建物へ入り、エレベーターのボタンを押した。
「それで、どーすんだこれから」
「お前に精一杯まともな格好をさせて、お披露目会さ」
「えっ、まだボスなの?」
「連中には―――お前が死んだとも言ってねえ。と言ってもあの場所に居た奴等は俺がお前を首をバサッとやっちまったのを見てるがな」
「ハハハ、ハハハハ」
「小さいナリでしばらく不便だろうが、直慣れる。それにその体は色々と都合がいい」
「そう―――」
その"都合がいい"ところで俺はぞくっとしたが、口には出さなかった。





部屋はこぢんまりとして綺麗だった。生前(はあ…)来たことはないけど、リボーンの話によればここで内密の相談することもあり、獄寺くんや山本は良く来るそうなんだ。
リボーンは扉脇の椅子に俺を下ろすと、お湯をために浴室に入っていった。

俺はゆっくりと息を吸って吐いて、パチパチと瞬きを何度もした。
こうして体を動かして、慣らしていかないといけないんだろう。重い腕や動かない足に焦る必要はない、とも言われた。
リボーンが言うならまず間違いないや!

俺は生来ののんきものなので、あまり難しいこととか悲しいことは………ちょっとしか考えない。後は食って遊んで寝れば翌朝にはばかみたいなんで悩んでたなー俺なあハハハとか笑えてしまう事も結構ある。
死ぬよりだったらいいじゃねえか、別に女だからマンガが読めないとかゲームができないとかうまいものが食えないなんてことはないし、それどころかあれ、あれだ、長年夢だったあれが実現できるんではなかろーか。

喫茶店とかレストラン、果ては寿司屋にまである、レディースなになにだ よ!

男であるが為に注文できない(可な所もあるんだろーけど、なんか恥ずかしいんだよなァ)あのメニュー、常々女尊男卑究極のフェミニズムであると俺は思っていた!
「ウッヒャアー!」
もう大喜びで俺はばんざいをした。なんか、反射で出来たのだ。偉大なりレディースメニュー!
「おいリボーン、おい!」
俺は早速発見したこの喜ばしい事実をリボーンに報告しようと思ったが、丁度そのとき。
コンコンッと軽い音がして、ドアがノックされた。
「おいりぼ…誰か来てるぞー!」
ガタンッ、ゴトンッ、なにやら騒がしい音がする。
「開けるんじゃねえ!!!!」
リボーンは彼にしては珍しい慌て方ですっ飛んできたが、俺の手はもうドアノブにかかっていた。


 

 

 

→ この声は獄寺くん
→ あ、山本だー
→ このびりびりした殺気………まさか………

→ っていうかもう入るわよって声してるしノブ溶けてるし入ってる入ってる入ってる!(本筋)